弊社は、中村公俊先生をお手伝いする形で熊本地域でライソゾーム病のスクリーニングを担当させていただいています。本日は、検査法やスクリーニング実績などをご紹介するとともに、新しいスクリーニングを実装していくときに、どういうことが必要になるか、検査の運営自体をこういう形でやらせていただきます、あるいはご参加いただく産科医療機関にどのような説明をさせていただいているかといった実務的なこともご説明させていただきたいと思います。
LSDスクリーニングの導入時期
はじめに熊本地域でのLSDスクリーニング導入の経緯についてご説明いたします。
2006年8月に熊本大学小児科の遠藤文夫先生がファブリー病のパイロットスタディとして県内で始められたのが最初になります。このとき非常にご苦労されたのではないかと思っています。それ以降、2013年4 月にポンペ病、2016年12月にゴーシェ病と追加しています。
もう少し細かくお話ししますと、2016年12月以前は熊本大学で測定しており、研究ということで測定費無料という形で運営されていました。しかし2016年12月以降、弊社が測定をお手伝いさせていただくようになり、検査を有料化しています。具体的には、ファブリー病、ポンペ病、ゴーシェ病については有料で弊社で測定し、MPSⅠ、Ⅱについてはパイロット研究として熊本大学で測定し、この部分の検査費無料という形で運営しています。
同様に2014年7月から福岡県でファブリー病とポンペ病をパイロット研究として運営開始し、2017年4月からは愛知県でのポンペ病の検査を弊社がお手伝いさせていただいています。
熊本地域における検査体制
次に熊本地域では、どういう形で運営しているかご説明いたします。基本的には図1にあるように検査の実施主体、産科医療機関、測定・報告機関、精密医療機関の4者が協力をして検査運営しています。
  • 実施主体は、業務の統括管理、啓蒙活動、パイロット項目の検査、カットオフの設定等をしています。熊本大学中村先生が代表理事を務める一般社団法人 日本小児先進治療協議会(以降「日本先進」と略)が運営しています。
  • 産科医療機関では、保護者への説明、同意取得、採血のほかに、要精密検査になった場合の精密医療機関への受診斡旋等も担当していただいています。
  • 測定・報告機関は、弊社が担当しており、有料項目の検査、結果報告、再採血・要精密検査の連絡等のほかに、請求行為も担当しています。
  • 精密医療機関は、精査・診断・治療を行っています。ここは大事なところなのですが、スクリーニングを開始するときに精密医療機関をどこにご担当頂くかをはっきり決めた上でスタートすることが当然必要で、熊本の場合は熊本大学病院小児科にご担当頂く形で運営しております。
また、熊本では「産科医療機関」「実施主体」「測定・報告機関」の3者で契約を結んでおり、この体制で運営しております。
新規スクリーニング用使用資材
<同意書>
同意書については公費検査とは別に、「新しい新生児マススクリーニング検査」についての同意書を準備して使用しています。
私どもは公費検査のろ紙の残りを使わせていただいているので、同意書には、例えば「赤ちゃんに追加で採血をすることはありません」ということや、「費用はかかります」といったこと、「X連鎖性遺伝形式の疾患は、女性の場合、見つからないことがあること」を明記しています。また「検査で異常が見つかった場合にはどうすればいいか」ということも記載しています。あと、裏面には検査の項目や病気の概要の説明、表面下部に同意書をつけて、各現場の医療機関で保護者の方から同意を取得しております。
さらに、公費検査の同意書にも、検査済みの検体(ろ紙)をこういう目的で、こういう条件のもとに研究利用させていただくという承諾書部分があり同意、不同意のチェックをいただく形になっています。
< LSDリーフレット>
産科施設でどういう病気かということを保護者に細かく説明していただくときのために、リーフレットを実施主体にて作成して、保護者へ1 人一部を必ず提供して、理解を深めていただくことをやっています。
<検査用ろ紙>
検体は公費検査のろ紙を使用していますが、公費のろ紙の様式の中にLSD検査の希望の有無を記入する欄を入れて、LSD検査の同意がとれた場合、とれていない場合の情報を医療現場の看護師様等にご記入いただき、送付していただいています。
<結果票>
現場で混乱が発生しないように、公費検査の結果票は白、LSDの有料検査は緑、パイロット検査は黄色と台紙の色を区分して報告をしています。
検査スケジュール
表1は1週間の検査スケジュールをまとめたものです。横軸は検体受付日で縦軸が測定日です。例えば月曜日に弊社が検体を受け取った場合、月曜から水曜までの3 日間(青色の期間)で公費検査と有料のLSD検査を行います。それが終わって、水曜日の夕方に大学のほうにろ紙を持ち込んで、大学で緑色の期間にパイロット項目を測定し、検査が終了したら(緑の四角のところ)、結果報告を弊社が受けるという運用でやっています。1 週間単位で結果報告させていただいているのですが、1 週目に受け取った検体は、翌週の金曜日には公費検査と弊社で測った有料のLSD検査の結果を同時に発送しています。大学側で測定するパイロット項目はどうしても遅れますので、翌々週の水曜日に結果発送しています。今のところ、これであれば無理なく運用できて、大事な1カ月健診にも結果が間に合います。
新規スクリーニング導入時の産科医療機関(現場)へのアナウンス
先ほどもお話ししましたが、現在、産科医療機関でご使用していただいている資材は以下の5種類です。
1)先天性代謝異常等検査(公費検査)申込書兼同意書
2)先天性代謝異常等検査(公費検査)パンフレット
3)ライソゾーム病検査説明及び同意書
3-2)ライソゾーム病検査用リーフレット
4)採血ろ紙
 新しいスクリーニングを導入するときは、どうしてもいろいろなところで混乱が生じることがあります。実際に、一部の施設では公費検査がなくなるのではと誤解されるところもありました。そこで、特に各病院の現場の看護師や助産師の方々が困らないように、現場で使っていただく資材の説明書を準備しました(図3)。1)と2)は公費検査にかかわる資材で、今までと変更なし、3)と4)については新様式に変更、3-2)については新しく追加した項目といったように、資材の追加・変更した箇所を説明してあります。さらに新規のLSD用同意書、パンフレット、採血ろ紙についてはそれぞれ使用方法などを記載してあります。
 また、検査結果票についても白色(公費検査)、緑色(有料検査)、黄色(パイロット検査)の3 種類を使用しており、白色と緑色の2 つが同時に到着して、黄色が何日か遅れてきますというアナウンスをしています。あと、実際に現場の方が悩まれるであろう内容、Q&Aなども入れて、各現場にお送りしたり、場合によってはお伺いして説明などもさせていただきました。
機関誌の発行
実施主体のほうから、「ライソゾーム通信」という機関誌を年2回発行していただいています。例えば、要精密率、発見率などの実績や、さきほど遠藤先生がお話しされていた、いろいろな会議、セミナーの開催についてのご案内、報告などを紹介したものをご参加いただいている産科医療機関に郵送しています。
LSD検査法
< 4MU法を採用した理由>
続いて検査法についてご説明します。
私どもは4MU法を採用しています。その大きな理由は、スタートするときに高額の機械を買う必要がなかったからです。それと、この測定法であれば私どもの検査体制の中でやっていけるということでした。熊本県は年間で約16,000検体出るのですが、この数であれば1 人の担当者で検査運用できます。あと、測定の結果判定が終わるまでの時間が比較的短く、測定を開始した当日の午後2時には判定が終わります。今、お伝えした理由で4MU法を採用しました。
< LSD 測定フロー>
図4 はLSD測定フローを示したものです。まず、1 枚の血液ろ紙ディスクより抽出して、項目毎に合成基質を添加します。「抽出」までは1 枚ですが、酵素反応のところからはプレートが分かれて、5プレート必要になります。それぞれ3時間反応させて、反応を停止してから蛍光測定します。
検体を受け取った日にパンチをしておいて、翌日に測定となります。測定日は朝9時に抽出を開始して、10時に合成基質を添加して、お昼休みをとって、お昼休み明けに反応停止をして、蛍光測定して、14時には判定が終わる形になります。
使用している機材はプレートシェーカーとインキュベーター、プレートリーダーです。
週明けは検体がたまっているので、1 つの項目につき2プレート程度測定する日もありますが、年間16,000検体と考えると、平常時だと1 日1 枚程度です。バックアップの人員は準備しているのですが、熊本県内のみをスクリーニングするということであれば、1名で対応可能になっています。
検討段階のときに1 名で1 項目について5プレート位まで測定したことがあるのですけれども、仮に1 項目4プレートとして計算すると、年間69,120検体を測ることが可能となります。
LSD5疾患のスクリーニング実績
<酵素活性分布のヒストグラム>
LSD5項目の酵素活性分布のヒストグラムを図5に示しました。2018年の1年間のデータ(n=15,821)です。
ファブリー病は、カットオフ値が男児は<5.0 pmol/hr/disk、女児が<7.0 pmol/hr/disk としています。ファブリー病はX連鎖性ですので性別によってカットオフに差をつけて運用しています(図5a)。
ポンペ病のカットオフ値は<3.5 pmol/hr/disk です。ポンペ病はピークの左側にPseudodeficiency のこぶがあり、二峰性のヒストグラムになっています(図5b)。
ゴーシェ病のカットオフ値は<3.0 pmol/hr/disk。他項目より狭く、このような結果です(図5c)。
MPSⅠ、Ⅱはパイロットです。カットオフ値がMPSⅠは<6.5 pmol/hr/disk、MPSⅡは10.0 pmol/hr/disk としてあります(図5d,e)。MPSⅠ、Ⅱは、ほかの項目に比べるとカットオフを少し高目にとっています。というのも、カットオフを設定するときには患者様のデータを測り、新生児の活性分布を見て、中村公俊先生と協議、ご指示にて決定します。ポンペなどであれば複数年やっていますし、要精密の所見、遺伝子検査の結果も含めて、年々カットオフを落としています。MPSⅠ、Ⅱについては2016年12月から検査を開始してまだデータが少ないため、比較的高くとって運用しています。
 
 
   
<再採血率、要精密率>
2016~2018 年の再採血率および要精密率を表2 に示しました。再採血率は大体0.1%台と考えています。要精密率は、2018年のMPSⅡが0.07%で少し高めですが、現在おおよそ0.01%台で運用できています。
よく見ていただくと、2016 年のファブリーの再採血が0.22%、ポンペが0.15%と少し高いです。2016年の12 月から弊社で測定を担当させていただくようになったのですが、実はそのときに検査方法を少し改良しています。今までだと4MU法で、例えばオーバーナイト20時間で反応させていたのですが、pHだったり塩濃度だったり、バッファー条件を変更し、インキュベート3時間でやるような方法に変更しました。そのときにカットオフも少し見直したということがありまして、もしかすると、その影響があったのかなと考えています。
先ほどからお話があったように、先生方は要精密率が一番大事でして、その後、同意がとれれば遺伝子検査することになります。熊本の人数でいきますと、例えば要精密率が0.05%だったら、年間で8人ぐらいになります。先生方は1カ月に複数人が要精密検査者として来院されると対応が困難になる可能性がある、ということを想定、意識し運用しています。現在は、中村先生が診られており、要精密検査は運用できる数でできています。
<スクリーニング同意率の推移>
ファブリー病、ポンペ病の過去6年間(2013~2018年)の同意率は、それぞれ98.0%、97.2%、97.2%、97.1%、96.5%、96.8%(2018.4~8)でした。また、ゴーシェ病、MPSⅠ、MPSⅡの過去3年間の同意率は、91.9%(2016.12~2017.3)、96.5%(2017.4~2018.3)、96.8%(2018.4~8)でした。
ゴーシェ病、MPSⅠ、MPSⅡについては、2016年12月から検査がスタートしました。当初、参加同意率が若干低かったのですが、現状は他の項目と変わらない状況になっています。
<診断確定数>
2013~2018 年で診断が確定された方はファブリー病9 例、ゴーシェ病1 例でした。ポンペ病、MPSⅠ、MPSⅡはまだ見つかっていません。
ゴーシェ病のお1 人は家族歴がある方で、このスクリーニングの検査方法でもきちんと検出されることが確認できた事例といえます。
ポンペ病は、乳児型はいらっしゃいませんでした。要精密になり遺伝子検査をご希望された方々は受けられるのですが、late onset の可能性がないかというと、それは発症しないと確認できないので、先生方は継続してフォローされているのが実情です。ただ、乳児型としてはゼロでした。
<精度試験(QC:Quality Control)>
表3 はQCの結果です。2018 年の1 年間のデータで、MPSⅠのコントロールHのCV値が少し高い傾向を示しています。
遺伝子検査(次世代シーケンサー)
要精密検査になり、熊本大学中村先生を受診されて、ほとんどの方はコンサルテーション後に同意されて、遺伝子検査を受けられます。
遺伝子検査は熊本大学内にて次世代シーケンサーを使っておこなわれますが、その内容についてご説明します。図6 はゴーシェ病のGBA遺伝子です。1~11のエクソンがあって、遺伝子の全域を含める形でlong-range PCR にて事前増幅し、得られたものに対して次世代シーケンサーを使って全域解析をしています。ホットポイントだけを見ているわけではなく、イントロンも上流も下流も含めて全部見ています。
次世代シーケンサーとなると、インシデンタルファインディングといった、要は見たくないところもデータがとれているのではないのかという話もあるのですが、この原理でおこなえば、本当に必要なところしかデータをとることもありませんし、逆に領域を絞っているので、信頼性の高いデータがとれていると思います。サンガー法等で検証するのですが、結果に相違があった経験はありません。
実際の解析データを説明いたします。表4 は実データではないですが、ゴーシェ病疑い検体を解析したときの結果例です。横1行が、1人の要精密児のデータとなります。横軸は遺伝子の番地で、縦1列がそれぞれの変化(バリアント)の内容です。
mutation database の欄には、ClinVar(NCBI)の疾患に関連する遺伝子変化の情報を記載しています。例えば、10番などは、既存の報告がある病的変異、Pathogenic と評価されています。
PolyPhen2は、その変化が起こると酵素にどれだけインパクトを及ぼすかをスコア化したもので、あくまでシミュレーションのスコアではありますが記載してあります。
表中の◯がヘテロ、●がホモの変化を示しています。これはあくまでサンプルデータですけれども、sample1では6 番と9 番の疾患関連変異が確認され、ヘテロとヘテロにて2 つ乗っているので、おそらくコンパウンドヘテロで影響が出るのではないかという結果です。
本当のデータは、横にもっとあります。さきほどポンペ病で、pseudodeficiencyのお話がありましたが、我々の方法でポンぺ病でスクリーニング・ポジティブになった方は、pseudo変異を持たれていることがあり、さらに追加して存在する変異の有無や種類が大事になる場合もあります。そういう部分も解析をして、先生方にご報告しています。熊本チームとしては、こういう詳細な遺伝子情報と新生児期のろ紙血での酵素活性、要精密検査で測定した酵素活性、先生方の所見、フォロー中の所見、検査結果をあわせてデータを蓄積していき、その中で、例えば「カットオフをもうちょっと落とせるね」とか「発症はこういう形で出てくるね」という研究を進めている状況です。
以上です。