「新規新生児スクリーニングの現状と将来像」、「新規スクリーニングが解決すべき課題」
本来は、熊本大学小児科学講座教授、中村公俊先生が発表する予定でしたが、急用により取りやめとなりました。
そこで、発表予定だった中村先生のスライドを使いながら、共同発表としてお話を進めて行こうと思います。
今日の内容は、「現行のスクリーニングにおける課題」「新規新生児スクリーニングの現状と将来像」「新規スクリーニングが解決すべき課題」です。
「現行のスクリーニングにおける課題」は、ここでは省略いたしまして、ここでは後者の2 点、ライソゾーム病などで熊本大学や福岡大学で進めている「新規新生児スクリーニングの現状と将来像」と「新規スクリーニングが解決すべき課題」を中心にお話したいと思います。
成長の各時期に行われるスクリーニング検査
現行の新生児マススクリーニングは、生化学的検査に基づく新生児の疾患発見と公衆衛生学的な施策に基づいて、国や行政の支援のもとに行われています。
成長の各時期に行われるスクリーニング検査を表1に列記します。
新生児期は新生児マススクリーニングと、聴覚スクリーニングです。聴覚スクリーニングは厚労省推奨のもとに行われている新生児の検査です。
他の検査は、無償・有償さまざまです。公衆衛生学的に重要な検査は無償であるべきだという考え方がありますが、一方では有償の部分もあります。
新生児マススクリーニングは無償で行われていますが、産科ではほとんど採血料を取られているので、全体で考えると一部有償スクリーニングとして実施されているともいえます。
新生児マススクリーニングの対象は27疾患
新生児マススクリーニングの対象27疾患の中には、治療が難しい病気が含まれています。例えば、CPT-2欠損症、プロピオン酸血症、メチルマロン酸血症、グルタル酸血症の重症型は、治療の決め手に未だ欠いている状態です。スクリーニングしても、完璧な治療ができるというわけではありません。にもかかわらず、私たちはスクリーニングを頑張っているというのが現状です。
スクリーニングについての基準
スクリーニングについての基準としては、随分前ですが1968 年、WHOで提唱されたWilson and Jungner classic screening criteria があります(表2)。この中で私が今、一番気にしているのが「費用対効果が高い」という項目です。費用対効果の上がる検査がどれくらいあるのか、後でお話したいと思います。
この基準は40 年後の2008 年、新しいバージョンSynthesis of emerging screening criteria proposed over the past 40 years が作成されました。変更された主なポイントは
  • 目的は最初に定義すべき(パッと見つけて、スクッと治るということだけではない)
  • 有効性に関する科学的証拠が必要
  • 説明に基づいた選択、秘密保持、自己決定を尊重(個人のレベルにも視点を置いた効果が必要)
  • 対象人口全体のスクリーニングを考える(人口全体のスクリーニングの実施を目指す)
  • 評価について計画しておく
などです。
1961年のガスリー法の発表直後に作られた最初の基準より少し現代化されているのではないかと思います。
新生児マススクリーニングの変遷
日本における新生児マススクリーニングの変遷について表3にまとめました。1977年の最初のスクリーニング導入はものすごいスピード感があったのに対し、タンデムマス開始は2014年と随分時間がかかっています。スクリーニング体制が外国に比べてフレキシビリティーに欠けているという意見が見られるようになりました。
新規の新生児スクリーニングの対象疾患とその状況
表4 の実施疾患だけでなく、今後、どのような疾患が新規の新生児スクリーニングとして加わっていくのかをみてみます。表4はその一部で、ライソゾーム病を中心にすでに実施されているものも含みます。ファブリー病、ポンペ病、ゴーシェ病、ムコ多糖症(MPS)Ⅰ型、Ⅱ型は、KMバイオロジクス社(KMB)と中村公俊先生の共同で熊本県で進んでおります。福岡県、愛知県、埼玉県、千葉県でもライソゾーム病のスクリーニングが開始されています。原発性免疫不全症は愛知県が率先して行っていて、埼玉県、千葉県でも準備中です。
 それから、低ホスファターゼ症は酵素補充療法があるのですけれども、これは中村公俊先生のところでKMBと共同で実施できる段階まで来ています。このほかに、副腎白質変性症、脊髄性筋萎縮症なども次の目標として示されている状況です。
 ムコ多糖症(MPS)Ⅳ型、Ⅵ型も、治療薬があるため、地域によってはスクリーニングを検討することになるのかもしれません。
副腎白質ジストロフィー(ALD)のスクリーニング
副腎白質ジストロフィー(adrenoleukodystrophy:ALD)については、真嶋隆一先生の研究がスクリーニングの実施レベルまで進んでいます。海外でも実施している施設があります。ただ、治療は造血幹細胞移植あるいは遺伝子治療などの高度先進医療を適応することになります。今後、実施が検討されていくと思います。
脊髄性筋萎縮症(SMA)のスクリーニング
一番新しい対象として考えられているのが脊髄性筋萎縮症(spinal muscular atrophy: SMA)です。これは2018年1月頃から、治療薬ヌシネルセンナトリウムが世界的に評価され、アメリカでは複数の州で一斉に新生児スクリーニングパイロットスタディが始まりました。アメリカのUniform Screening Panel が、2018 年、副腎白質変性症と脊髄性筋萎縮症はスクリーニングに取り上げるべき疾患であると言及したためです。日本でもこの治療薬は市販されており、他にも開発中の薬剤が1~2 種類あります。診断には免疫不全症と同じ、DNAの増幅検査をする必要があり、今までとは違った特殊な技術を導入する必要があります。
新規新生児スクリーニングの課題
以上のように、今後、いろいろな疾患の新生児スクリーニングが新しくスタートするわけです。科学的診断を行って、それを検査室レベルで判断し、専門医が患者さんを診て、そこで診断し、治療をすぐ始めるというだけではありません。必要な医療技術は遺伝子検査の実施、造血幹細胞移植や日本でまだ行われていない遺伝子治療などにまで及びます。そうした体制や仕組みを整え作成していく必要があります。
新規新生児スクリーニングの課題を表5に列記しました。
  • スクリーニング陽性から診断までの過程がわかりにくい
  • 確定診断には専門施設での検査が必要
  • 診断後のフォローアップ体制が確立していない
  • 精度管理が不十分かもしれない
これについて、中村公俊先生が対策を赤字でコメントされています。
この中で、精度管理についてお話します。ライソゾーム病での精度管理は、アメリカではアメリカ疾病管理予防センター(Centers for Disease Control and Prevention:CDC)が関与する形でスタートしています。それでは、副腎白質変性症、脊髄性筋萎縮症ではどうなのかいうと未定です。この点は重要であり、今日、お集まりいただいた皆様には技術者としての視点から、各施設での現状、今後の方向性などを教えていただきたいと思います。
先行するアメリカや台湾に肩を並べるようなスクリーニングが我が国で可能なのかも、併せて議論いただきたいと思います。
日本で生まれている子どもが、こういう難病にかかったときに、アメリカや台湾で生まれている子どもと全く違う一生になってしまうということは避けたいと思います。
新規新生児スクリーニングを始める際の課題
また、新規新生児スクリーニングを始める際の課題についてもまとめて列記します。
  • ろ紙血は行政がおこなっている事業で用いられている
  • 産科施設が理解し説明できる検査なのか
  • 国が新規スクリーニングの費用を支出する可能性は少ない
この点に関しても、中村公俊先生が対策を青字でコメントされています。
熊本における新規スクリーニングの支援体制
最後に、熊本における支援体制についてお話します(図1)。いろいろなことをしないといけないということの中で、検査センターと専門施設が連携し、将来も十分俯瞰した体制にしていく必要があると思います。
  • 九州先天代謝異常症診療ネットワーク会議
タンデムマスが始まった時、まず、専門医の先生方に集まっていただきました。難病の患者さんの得意不得意がありますから、ドクター同士で情報交換して、患者さんの治療を増進させようということで、「九州先天代謝異常症診療ネットワーク会議」をスタートしました。
九州各地の検査施設の人たちにもできるだけ参加していただけるような体制で勉強会をスタートしました。その会議により、タンデムマスで見つかった患者さんの診療においてすごく大きな力を発揮しました。
  • タンデムマス・スクリーニングコンサルテーションセンター
「タンデムマス・スクリーニングコンサルテーションセンター」は、島根大学医学部小児科 教授、山口清次先生が、全国的に共通してコンサルテーションできる仕組みを普及するために立ち上げたセンターで、九州でも多くの先生が入っています。
  • 陽性者の精密検査・治療
陽性者の精密検査・治療がかなり複雑になっています。次世代シーケンサーを使って診断しないといけないような病気とかが出てきており、この図1自体もだんだん複雑になっています。今後も多くの努力が必要と思います。どうもありがとうございました。