はじめに
岡山県におけるマススクリーニングは、やっとタンデムが始まったばかりです。ライソゾーム病のマススクリーニングなど夢のような話だと思っていたのですが、日本ムコ多糖症患者家族の会の秋山武之さんがスクリーニング実施への要望書を県庁に提出するといったことで、少しずつ動き出したというところです。
ライソゾーム病早期診断の今後の展望を考える上で、今まで結構早く診断ができて、早くから酵素補充療法が行えた症例があるので、そういう症例を見ながら、今、治療があるけれども見逃されている、もしくは診断に至っていないライソゾーム病を早く診断するにはどうしたらいいかを少し考えてみました。
疼痛の訴えがなく被角血管腫で発見されたファブリー病兄弟の治療経験
まず、大橋先生に遺伝子診断していただいたファブリー病の兄弟の治療経験をお話しします。通例のファブリー病の平均診断年齢よりは随分早く診断ができた症例です。

■症例1 経過

兄弟例の症例1(お兄ちゃん)13 歳で、膝にある発疹を主訴に近くの小児科に行き、当院皮膚科にたまたま紹介になった症例です。発疹は被角血管腫です。5 歳のころから本人もお母さんも気がついていました。小さいときから汗が出なくて、40 度近い高熱が時々出ていた。夏は特に、熱が上がってしんどくなるけれど、テニス部で頑張っていた。でも途中でダウンして、足を冷やしながら試合に出ていた。
1 歳のときに関節リウマチと診断され入院してましたが、熱が出たのと非典型例だったので、もしかしたら痛がっていたのではないかと思います。
皮膚科で被角血管腫と診断されて、皮膚科の先生がα - ガラクトシダーゼ(α-GAL)活性をはかってファブリー病ではないかと小児科のほうに紹介になり、Gb3 をはかって診断が確定しました。

■症例2 経過

症例2(弟さん)11 歳も一緒に来てくれて、お兄ちゃんと同じで汗をかかない、夏は高熱が出るけれども、同じ体質だからということで、それが主訴で受診されたことはなかったようです。被角血管腫はないものの、一緒に酵素活性をはかりα- ガラクトシダーゼ(α-GAL)活性は低値で、すぐ診断が確定しました。

■酵素補充療法開始後の経過

2人同時に酵素補充療法を始めて、3 ヵ月目位から汗をかくようになりました。
お兄ちゃんは、4 年目位に被角血管腫(足のブツブツ)がなくなったと教えてくれました。写真でもほぼきれいになくなっています。弟さんは、治療開始前にあった角膜の沈着物が1 年たってほぼない状態になり、2 年目位から夏でも熱が38 度は超えなくなって、テニスも快適にできるようになりました。
痛いということを全然言わない2 人だったのですが、1 年ぐらいたってから、「実は痛いんだけど」と言い出しました。痛くなったのは、悪くなったのかなと、最初のころは思っていましたがそうではないようです。痛みの程度をたまたま市販後調査ではかっていました。最初の1 ~ 2 年は痛みがなかったのですが、その後出てきて、さらにしばらくすると、痛みは少しずつ引いてきている印象です。
身長はたまたま思春期開始直前ぐらいに酵素補充療法を始められたので、最終身長は165cm を超えた程度までいくことができました。ご家族の遺伝子検査は大橋先生にお願いしました。お母さんがヘテロ変異、お母さんは4 姉妹ですが、他の3人は不明です。

神経症状のコントロールに難渋するゴーシェ病Ⅱ型の女児例
次に、ゴーシェ病と早く診断がついたのですが、神経症状のコントロールに難渋する女児例をお話します。

■経過

近医にて1、3 ヵ月健診でフォローされていましたが、6 ヵ月時に、喘鳴、体重増加不良、筋緊張亢進などを認めて、当院に紹介になりました。飲むのが下手なのではないかということで経管栄養を導入し、体重増加はまずまず得られるようになりましたが、9 ヵ月目ぐらいから肝脾腫が明らかとなり、ミオクローヌスなどを認め、ライソゾーム病が疑われたため、大阪大学の酒井先生に相談して、β- グルコシダーゼ酵素活性をはかり、ゴーシェ病Ⅱ型と診断されました。この子もマススクリーニングをしていれば、診断までに6 ヵ月もかからなかったと思いながら、経過を見ています。
酵素補充療法を開始し、さらに倫理委員会や臨床研究審査会を通すのにかなり難渋しましたが、シャペロン療法を開始しています。その後の経過では肝脾腫はすごくよくなりましたが、ミオクローヌスや神経症状は余りよくなっていない状況です。緊張が強くて、骨折してしまうというエピソードを繰り返すようになったので、去年の秋にバクロフェン髄注ポンプを入れました。緊張して突っ張って折れるということは、足のほうはなくなりました。

ムコ多糖症Ⅵ型の日本人兄妹症例に対する酵素補充療法の経験
最後に、お兄ちゃんのおかげで、妹さんが新生児期から酵素補充療法が開始できて、兄妹例で比較できているムコ多糖症Ⅵ型を紹介します。2006 年には、ムコ多糖症Ⅵ型に対する酵素補充療法が承認されておらず、当時、父さんが新聞などで一生懸命訴え、募金運動などを行い、同年11 月1 日に酵素補充療法を始めることができるようになった患者さんです。

■経過

お兄ちゃんは3 歳3 ヵ月のときに診断されまして、酵素補充療法を開始したのは5 歳6 ヵ月ですから、ちょうど10 年たっています。顔つきはやわらかくなりましたが、5 歳6 ヵ月と余り変わらないような気がします。妹さんは、お兄ちゃんのおかげで出生時に診断できて、生後6 週から酵素補充療法を開始し、今ちょうど10 歳になったところです。ガーゴイルのような顔つきではありません。
ただ、角膜混濁だとか、骨の変形は少しずつ出てきていますけれども、成長されて、酵素補充療法をしながら頑張っているところです。知能は正常で、お兄ちゃんは今、普通高校の1 年生で、成績は上から1 割の中に入っている。進学校です。妹さんも駆けるのが速くて、運動会ではリレーの選手になったりしています。

■臨床症状の比較

お兄ちゃんは5 歳6 ヵ月、症状が随分進行してから酵素補充療法を始めたので、それなりに効いていますが顔つきには効いていません。妹さんのほうは、かなり早期に開始して、心臓はちょっときていて、指の第4・第5 指のDIP 関節に少し拘縮がみられる状態になっています。
身長に対しては酵素が余り効いていない印象です。あと、骨の症状が進行しているので、昨年からペントサンという薬の治験に入っているところです。

今後の展望

今後の展望として以下のようにまとめます。

● ライソゾーム病患者に対する酵素補充療法が可能となりましたが、非可逆的な徴候を呈する前、できるだけ早期に治療を開始することが重要です。

● 早期治療を実現するには対象疾患の早期発見のために、新生児スクリーニングの実現が望まれます。

● 骨や中枢神経系への効果の高い新薬の開発も望まれます。