ゴーシェ病に対する治療の可能性
遠藤  神経症状に対する新しい治療薬は、何か期待が持てそうな気がして聞いていましたが、酵素補充療法(ERT)+ 基質合成抑制療法(SRT)は、どういう状況ですか。
成田  マウスには効いており、効果は期待できると思います。ファブリー病のERT でずっと落ちついていた人が、SRT を加えることで、炎症性のバイオマーカーが更に下がっているということが報告されています。ゴーシェ病だけではなく、ライソゾーム病全体に共通するような慢性炎症性の病態にはセラミドが悪さをすると考えられており、その合成を抑えるSRT というのは非常に有望だと思っています。ただ、子どもへのデータはまだ当分先になるでしょう。
遠藤  ERT は、マウスで効いたのは全部ヒトにも効いています。それはすばらしいです。
小林  私は東海大の加藤俊一先生の組織された厚労省の班会議のメンバーになっています。ゴーシェ病の骨髄移植に関しては、Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ型とも国からはclinical option ということになっています。Ⅱ型が評価できない状況で、そこで決めたガイドラインとしては、Ⅰ型もⅢ型も、日本では症例によって適応判断となっています。ただ、最近、再評価されています。ERT で脾臓を縮小させた上で、HLA Ⅰドナーから、骨髄非破壊的前処置(reduced-intensity conditioning:RIC)というミニ移植をするというのが推奨されているようです。しかし、今のところはclinical option なので、神経型のSRT とかに頼っていくしかないのかなと思います。
成田  日本人は神経型になる可能性が高いので、移植の前処置の安全性が上がったとしても難しい部分が多いと思います。ただ、Ⅰ型のN370S 変異の患者さんは、状態によっては、医療費の抑制などを考慮すると選択肢として可能性はあるのかもしれません。
新宅  基質合成阻害剤は単独で効果があると思いますが、ERT と併用すると相乗効果が期待できると思いますが、そうした治験はやってますか?
成田  治験では併用で実施中です。
深尾  ゴーシェ病は、Ⅰ型に対しては酵素補充療法はよく効く印象です。Ⅱ、Ⅲ型ではCNS への移行が問題と思いますが、今、ゴーシェ病はBlood-Brain-Barrier を通るような新しいタイプの酵素補充療法は開発されていますか。
成田  一応パイプライン上にはあります。ただ、過去の論文もそうですし、研究者の人たちとお話しすると、グルコセレブロシダーゼは、頭に入ったとしても、取り込みが悪く、ハンターの場合のようにうまく行かないという懸念があるようです。
深尾  頭に入る薬ができれば、それは使い勝手もかなりいいし、1 つで済む可能性がある。そこはまだ難しいですね。
成田  そうですね。どちらかというとSRT のほうが早いかもしれません。
ゴーシェ病に対する新生児スクリーニングの課題
深尾  アメリカの場合、政府に近い研究機関が、この疾患はマススクリーニングに乗せるのが望ましいという提案をまずして、それに対して応じるかどうかは各州で決めましょうという形になっています。アメリカでは、ゴーシェ病はその推奨パネルの中に入っていないわけですね。
遠藤  そうです。アメリカのゴーシェ病はⅠ型で成人遅発型が主ですから、推奨に入っていません。その理由は、日本と真逆で、大人になって発症してから治療すればいいだろうという考えです。
深尾  遅くに発症してくるのならそれでいいと。
遠藤  中村先生の見つけた75 歳の血小板減少の人は発症してから治療すればいいというのがアメリカの考え方のようです。
深尾  それが、さっき成田先生にお話しいただいた、prenatal で見つかった38 例のうち、酵素補充療法を開始したのは1 割ぐらいということですね。症状が余り出ない人たちが多いから。
成田  そうです。発症は遅く、軽いタイプの可能性があります。
山口  スクリーニングができて、ジェノタイプがわかっても、予後が説明しにくいとおっしゃっていたと思いますが、現状、発見されたお子さんのご家族は、患者会を紹介されたり、遺伝カウンセリングを受けたりとか、どのようなサポートがなされているのか教えてください。
成田  遺伝カウンセリングは、もちろん実施した施設で主治医の先生がなさることが多いと思います。あとは、ピアカウンセリングという意味で、患者会にはご案内しますけど、全員患者会に入会するわけではなく、実際は1/4 ~ 1/3 ぐらいの患者さんしか入会していないようです。同じ病気でも、その患者さんごとに症状がかなり違うので、お母さんたちは、患者会に入ったからといって、すごく気持ちが楽になるかと言われたら、なかなかそう単純でもないみたいで、今は同じような症状の患者さんが、スモールグループで集まってグループを作り、情報交換などをなさっているみたいです。ゴーシェ病の専門の先生がたくさんいればいいのですけれども、その人数は少数ですし、日本各地に点在されているわけです。今日ご出席の先生のところに行けば安心できますが、長期的な予後についてのカウンセリングに関しては、ばらつきは否めないと思います。それは他の疾患でもそうだと思います。
神経型の診断ギャップ
中村  成田先生が示されたスライドの中で、神経症状を示す患者さんは、5 カ月平均の診断ギャップがあるというお話をされていましたね。あれは全員Ⅱ型なので、発症が比較的早い。ほとんどが1 歳未満ですかね。そのときの5 カ月のギャップはどういう意義があるか。5 カ月早く見つかることでどういうメリットがあると考えられますか。
成田  難しいですね。この時期、重症な方が多いのですが、貧血とか出血傾向というよりは、どんどん神経症状が悪化して、気道確保やけいれんのコントロールに難渋して、主治医も家族も苦しい時期なので、早く診断がつくことで見通しを持たせてあげやすくなるという意味では、もっと早いほうがいいと思います。一方で、半年とか1 年ぐらい症状がなく過ごされるタイプの子もいるので、早く知ってしまうことで、どうしても病気のほうに目がいってしまって、その時期のその子とのかかわりを十分に持てない懸念もあるのです。
患者会のお母さんたちに話を聞くと、患者会に入っておられるような積極的な方は、NBS で「知りたかった」と言われることが多いように感じます。一方で、他の患者さんの様子を知ることで逆に不安になるいう理由で患者会に入られないご家族もおられます。そこは声が出せる人の意見ばかり聞いてしまうと、ちょっとやっぱり不安だなと思いながら日々接しています。
遠藤  そういう方たちは、治療はどうされているのですか。
成田  治療は、全例酵素補充療法を行っています。
遠藤  診断したら今の保険適用の治療の範囲内でできることをやりましょうということになるわけですね。
中村  ゴーシェ病は、重篤な患者さんから軽症の方まで疾患のバリエーションはすごく広いですよね。例えば、コロジオン・ベビーを発症する方は、治療も始めないうちに亡くなってしまうことがある。そういったさまざまな病型がある中で、先生は予後の予測が難しいとお話しされましたが、予後の予測をしていく中での鍵が、遺伝子解析だけでは不十分ということだと、どういうことで予後を考えていけばいいと考えられますか。
成田  その時の症状のみで予後を予測するのはすごく難しいです。乳児期早期にbulbar sign が出ていると臨床的にはⅡ型と診断しますが、その後に全例が最重度のねたきりになる訳ではなく、気管切開などで安定した気道を確保したら、にこにこ笑って手遊びしたり、非言語性のコミュニケーションが可能なマイルドな症例もおられ、私も日々患者さん達に教えられています。ちなみに私は彼らを2.5 型と勝手に呼んでいるのですが。
中村  酵素補充療法を行うことで、神経症状はそんなに変わらないけど、全身状態が改善するということが予後にプラスに働いているのですね。
成田  そうですね。髄液中の代謝物とかでⅡ型とⅢ型の子が、乳児期早期とかで、ある程度鑑別ができるようになるといいのですが、それは今はまだ研究中です。