主な先天代謝異常症の病態(蓄積するもの・不足するもの)
我々は熊本地区でライソゾーム病のスクリーニングを行っています。その状況をお話しする前に、先天代謝異常症の病態をカテゴリー別に分類して、体内に蓄積するものや不足するものをまとめてみました。  
蓄積する物質が水溶性かどうかで発症の早さが変わるという話があります。「水溶性が低い物質の場合、発症までの時間がかかるものが多い」という説で、ライソゾーム病はどちらかというと、発症までに時間がかかることが多いと思います。つまり、目に見える変化が起きにくい。発見までに時間がかかってしまうことが、ほとんどのライソゾーム病に共通する特徴といえます。  
ゴーシェ病は小児期に発症するタイプと成人期に発症するタイプがあり、主症状の出方が異なり、全く別の疾病のように見えることも珍しくありません。  
ファブリー病は診断に時間がかかってしまう傾向にあります。早いお子さんだと小学校に入る前くらいに発症して、診断がつくまでに10年以上かかることもあります。
疾患 蓄積する 不足する
アミノ酸代謝異常症    
フェニルケトン尿症 フェニルアラニン チロシン
高チロシン血症I 型 フマリルアセト酢酸 -
ホモシスチン尿症 ホモシスチン -
有機酸代謝異常症    
メチルマロン酸血症 メチルマロン酸 -
脂肪酸代謝異常症    
MCAD欠損症 - エネルギー
尿素サイクル異常症    
OTC欠損症 アンモニア  
糖代謝異常症    
糖原病I型 グリコーゲン グルコース
金属代謝異常症    
ウイルソン病 -
メンケス病 -
ライソゾーム病    
ファブリー病 糖脂質 -
ムコ多糖症 ムコ多糖 -
ライソゾーム病に対する酵素補充療法と早期治療の重要性
日本では、ライソゾーム病のうち、少なくとも8つの疾患で酵素補充治療が可能となっています。
台湾で行われた、ポンペ病に対する新生児スクリーニングによる早期発見・酵素補充療法による早期治療を行った臨床研究で、予後が著しく改善することが判明しました。臨床発見例(症状が出てから酵素補充療法を始めた症例)では、未治療例に比べて半数位は助かるようになりましたが、残りの半分は亡くなってしまい、ほとんどが人工呼吸器が必要になり、決して予後がよくない状況でした。それが、新生児スクリーニングの直後から酵素補充療法を行うことで、全員が助かるようになってきました。ただ、長期経過では酵素補充治療でもまだ十分ではない部分があることも報告されています。酵素補充療法には限界があるわけです。
ファブリー病においても症状が進んでしまうと十分な効果が期待できません。例えば心臓の線維化がない場合、中程度の場合、重度の場合で、酵素補充療法の治療効果を比較してみると、線維化の症状が中程度や重度の場合は、治療しても心機能が低下していくことが判明しています。早期治療が大事だということが、ライソゾーム病に関しては共通していえると考えています。
ライソゾーム病に対する3つの診断戦略
ライソゾーム病の診断には、一般診療における診断、ハイリスクスクリーニング、そして新生児を中心としたマススクリーニングの3つの戦略があると考えています。
●一般診療における診断
一般診療における診断では、疑うようなきっかけとなる臨床症状があって、さらに検査を進め、疑いが強ければ酵素活性を測定し、遺伝子解析を行います。他の疾患の診療でも行われているような方法です。
●ハイリスクスクリーニング
ハイリスクスクリーニングでは、ライソゾーム病を疑うきっかけがあった特定の症状や検査異常を持つ全員の酵素活性を測定します。どの程度疑うかは測定時には考えずに診断を進めていきます。
ハイリスクスクリーニングは、今までいろいろな疾患に対していろいろなところで行われています。我々も幾つかのライソゾーム病について現在進めているところです。ライソゾーム病の疑いのある患者さんからろ紙血をとり、酵素活性を測定します。遺伝子解析も行う仕組みをつくっています。また、診断された患者さん、疑いが強い患者さんに対しては相談ができる施設を提供することも大切だと考えています。
●マススクリーニング
マススクリーニングでは、疑うきっかけがなくても新生児など全員の酵素活性を測定することで診断します。
酵素活性測定法
測定法は現在はほぼ確立しています。タンデムマスを用いた人工基質による酵素活性の測定法、それからもう一つは蛍光基質4MUを付けた基質を使って蛍光強度をはかることで酵素活性を測定する方法です。
ファブリー病の場合、いつ検査して見つけるべきか
それでは、ライソゾーム病をいつ見つけるべきでしょうか。
従来、発症後にライソゾーム病を診断してきました。それをスクリーニングで発見するというアイデアが出てきました。例えば、ファブリー病では、何らかのファブリー病を疑うような症状の人たちを集めてハイリスクスクリーニングをしようという考え方と、もっと早く新生児のスクリーニングのシステムを使って全員を対象にしようという考え方があります。ファブリー病では種々の臨床症状の出現が一定ではなく、症状からファブリー病に絞り込むことが難しいといわれています。
ゴーシェ病の発症時の症状と検査異常
ゴーシェ病を疑う臨床症状は幾つかあります。症状では、皮下出血、脾腫、肝腫大、骨痛が比較的よくみられます。あと、血小板減少とフェリチン、ACE の上昇が検査値異常としてみられます。こういったことを手がかりに、ゴーシェ病に対するハイリスクスクリーニングが行われます。
海外では、脾腫があるということからゴーシェ病を診断しようというアルゴリズムで、血小板数が低ければ、ろ紙血または全血で酵素活性をはかることが提唱されています。
Motta らは脾腫の患者さん196 例でハイリスクスクリーニングを実施し、7 例(3.6%)が新たにゴーシェ病と診断されたと報告しています。
ゴーシェ病診断の手掛かりとなる症状・検査
ゴーシェ病の場合には、成人の患者さんで特徴的によくみられる臨床症状として、肝脾腫、出血傾向や骨の痛み、検査値の異常として、貧血や血小板減少などがあります。あと、小児期の患者さんには、神経症状が出てくる方が多いことから、小児期のゴーシェ病を診断していくことが必要で、こういったことをきっかけに患者さんに対して、ろ紙血のグルコセレブロシダーゼ活性をはかるということを今、熊本大学でも行っているところです。
最近、神経症状を持つ患者さん102 例のグルコセレブロシダーゼの活性を測定し、再検後、低値の患者さんの遺伝子解析をした結果、2 人の患者さんがみつかりました。
また、そのうち小児期の神経型ゴーシェ病の初期症状は、ミオクローヌスやてんかんではなく、眼球運動異常でした。普通はなかなか気づかれない臨床症状ですから、教科書に書いてあるようなミオクローヌスやてんかんがないからゴーシェ病ではないと思ってしまうと、診断が遅れてしまう可能性があることもわかってきました。
ハイリスクスクリーニングでは診断が遅れる可能性も
早期に発見される新生児スクリーニングに比べ、3カ月ぐらいから症状があっても、9カ月位にハイリスクスクリーニングを行い発見される場合、診断がどうしても遅くなってしまいます。こういう患者さんを新生児期に見つけることの意義を考える必要があると考えています。
ファブリー病についても、10 年ぐらいかけて、ハイリスクスクリーニングを行ってきましたが、ファブリー病はいろいろな臨床症状があり、症状の出方が患者さんによって大きく違います。我々は、何らかのファブリー病を疑う症状がある患者さん約1 万5000 人への診断を行いました。その結果、腎症状(ほとんどが透析)の患者さんの500 人に1人、心症状の200 人に1 人、脳血管障害の300 人に1人、手足の痛みを訴えた20 人弱に1 人という発見頻度になり、症状によって大きく違っていることがわかってきました。
ライソゾーム病の新生児スクリーニング
新生児スクリーニングは、文字通り新生児にしないといけないのか、それとももっと後の診察時にできないのかという意見も当然あります。3 歳児健診のときに採血ができれば、ライソゾーム病以外の疾患の発見に有用です。例えば、ウィルソン病、家族性高コレステロール血症などです。ただ、その仕組みをつくることのハードルがすごく高く、今のところ新生児期のスクリーニングの仕組みを使って診断を進めていくことが、早期発見方法としては有用であろうと考えています。
現状ではこれまでと同様に、新生児スクリーニングで使っているろ紙血でライソゾーム病の新生児スクリーニングを行っています。熊本の場合、検査センターと自治体の理解もいただいて、同じろ紙を使ってライソゾームの酵素活性をはかるという流れです。
ファブリー病に関しては、これまで約50 万人を調べて、古典型(男子)が3 万~ 4 万人に1 人、遅発型も含めると8000 人に1 人ぐらいの頻度で患者さんが見つかっています。
新生児スクリーニングで見つかった古典型ファブリー病の患者
新生児スクリーニングで見つかった古典型ファブリー病の男児についてお話します。遺伝子解析でこれまでに報告されている古典型変異と判明しました。「経過観察中、症状が出たら治療をしましょうね」ということでフォローしていましたら、3 歳以降に発熱時に手足の疼痛を訴えるようになり、お姉さんと比べあまり汗をかかなくなってきているということで、2 週間に1 回、治療を開始することになりました。古典型なので最初は入院して、副反応などを見ながら治療を始めました。酵素補充療法を始めると、運動時の痛みがだんだん減ってきて、汗もかくようになってきたということです。
男児の家系は、祖母に心臓の異常があるといわれていて、お母さんは手足の痛みが20 歳ぐらいからあったようです。叔母も中学生のころから運動を増強すると足の痛みがありましたが、いずれもファブリー病とは診断されておらず、2 人とも男児の診断後に同じ変異のヘテロ型のファブリー病と診断されています。
新生児スクリーニングで見つかったその他のライソゾーム病
ファブリー病以外には今、ポンペ病とゴーシェ病について新生児スクリーニングを行っていて、ポンペ病はつい最近、遅発型(小児型)と考えられる患者さんが見つかりました。10 万人に1 人という発症頻度です。
ゴーシェ病は去年から始めて1 年ぐらいたったところで、1 万5000 人で新生児期の患者さんは見つかっていませんが、ハイリスクスクリーニングでは、先ほどお話ししたとおり、神経型では102 人で2 人、また、Ⅰ型を疑う成人の患者さんで神経症状を伴わない血小板減少を示した500 人で1 人の患者さんが見つかっています。この方は高齢のため発見後どうすべきかが課題となっています。患者さんは骨折も繰り返していたとのことで、早期に診断されていれば予後が違っていたのかもしれません。
スクリーニング検査と遺伝学的検査
スクリーニング検査は、遺伝学的検査の中に入ると言われていて、その取り扱いも考えていかなければいけないだろうと思います。既に確立した検査であれば、主治医によるインフォームドコンセントを行えば検査できます。希望された場合には、遺伝カウンセリングが推奨されています。ただ、マススクリーニングで遺伝カウンセリングをする体制がとれるかというと、それは非常に難しいので、他のスクリーニングでの遺伝学的検査と同様の考え方に基づいて、産科で必要な説明をしていただく仕組みをつくることが必要だと考えています。
また、ファブリー病のように女性の患者さんが見つかってくるX連鎖性疾患の場合、その取り扱いも考えていかないといけません。女性でも発症はするけれども男性よりも発症時期は遅れるということをどう考えていくかも、もう1 つの課題と考えています。
わが国の新生児スクリーニング検査の今後の予定
新規の新生児スクリーニングとしては、熊本県ではファブリー病、ポンペ病、ゴーシェ病のほかに、パイロットとして、ムコ多糖症Ⅰ型・Ⅱ型についても実施を開始しています。他の地域では、福岡県でファブリー病とポンペ病、愛知県でポンペ病と原発性免疫不全症を実施していますし、山口県や佐賀県でも2018 年以降に開始に向けた準備を進めているところです。
ライソゾーム病以外にも、原発性免疫不全症や低ホスファターゼ症、ライソゾーム病の中の酸性リパーゼ欠損症なども、仕組みとしてはスクリーニングが可能だと考えていて、その一部も新生児スクリーニングのプログラムに入れて始められないか、検討を進めているところです。
ライソゾーム病の新生児スクリーニングによる早期診断の課題
ライソゾーム病の早期診断の課題をまとめました。
●さまざまな臓器障害に酵素補充療法をはじめとした治療の効果が認められている
さまざまな臓器障害に酵素補充療法をはじめとした治療の効果は認められていますが、ゴーシェ病の神経症状のように酵素補充療法の効果があまり期待できないというものもあります。どういった症状に対してどういった治療が可能かを並行して考えていかなければなりません。
●不可逆的な症状が進行する前に治療を開始できる
また、不可逆的な症状が進行する前に治療を開始できることが重要です。症状をいつまでに診断すればいいのか(逆に言えば、いつまで見つけなくてもいいのか)も検討する必要があります。
●早期診断を行うことで、遅発型の患者も発見される
新生児スクリーニングで遅発型の患者さんも見つかってきます。そうした患者さんを新生児期に見つける必要があるのかということは、当然、議論が出てくることかと思います。
●治療を開始する時期についてはさまざまな考え方がある
それから、見つかった患者さんに対しては、いつから治療するのか。先ほどの古典型のファブリー病の患者さんも、早期治療がいいのはわかっていても、2 週間に1 回の酵素補充療法を納得してもらうというときには、本来始めるのが望ましい時期と、納得して始められる時期に少しずれがあるかもしれないということも考えているところです。