ゴーシェ病の診断時期および診断ギャップ
ゴーシェ病の診断の現状、治療の現状と神経症状に対する治療の将来、新生児マススクリーニングに向けた可能性についてご説明いたします。
ゴーシェ病は酸性β- グルコシダーゼ(グルコセレブロシダーゼ)の欠損によって生じるライソゾーム病の1 つです。発症頻度は33 万人に1 人程度といわれています。国内累積患者数は150 人程度で、現在、治療を受けている方は約120 人です。
欧米やAshkenazi Jewish では、非神経型のⅠ型が圧倒的大多数ですが、日本、韓国、台湾などのアジア、エジプトなどでは神経型のⅡ・Ⅲ型が多いことがわかっています。
非神経型のⅠ型の診断年齢について、井田先生とZimran らが報告したものを合わせて下図に比較しました。Ⅰ型に関しては、やはり日本人はJewish に比べると圧倒的に小児期に発症する人が多いことがわかります。83%が10 歳までに発症しており、ほとんど小児科の病気といえます。
神経型のⅡ型に関しては、私どもでかかわったデータでは、Ⅱ型は乳児期早期にほとんど集中していて、大体1 歳半前後までに診断されています。
発症と診断とのギャップ(症状が出始めてから診断されまでの期間)は、Ⅱ型では大体5 カ月間です。近年、このギャップはすごく短縮している印象があります。新生児をみる先生方がすごく疑ってくださっているという印象です。
2017 年1 月に患者会で実施されたアンケート結果(約4 分の1 の患者さんが参加したアンケートで、Ⅰ型とⅢ型は半々)によると、60%が10歳ぐらいまでに診断されています。いかに小児科の先生に疑っていただくかというのが、病型を問わず必要なことだということを痛感しています。
酵素補充療法による治療成績
ゴーシェ病の治療ですが、脾摘をしていない患者さん884 名に対する酵素補充療法の成績が2008 年に報告されています。それによると、臓器腫大や血液学的異常は投与開始後速やかに改善しています。骨症状については、5~ 6 年の投与で骨密度の増加、骨クライシスが1 ~ 2 年に消失するといったデータが明らかにされています。無腐性壊死症(avascular necrosis:AVN)に関しても、診断後、治療開始までの期間が2 年未満の患者さんは、2 年以上の患者さんに比べ壊死のリスクが有意に低下することも示されていますので、骨に関しては早い方がいいというのは明らかです。
また、成長障害では、低身長をキャッチアップすることが示されています。
一方で、神経症状に対する効果は、高用量投与も含めて、エビデンスはありません。生命予後や全身症状は改善するという報告も少しずつ出ておりますので、適応は十分にあると思われます。
造血幹細胞移植(HSCT)による治療成績
造血幹細胞移植は酵素補充療法の開発前に一時期行われていました。これまで世界で約50 例の症例報告がされています。それによると、血液学的異常や肝脾腫に加えて骨症状の改善が報告されています。神経学的予後に関しては、多くは移植後も進行しています。一方でごく一部の症例ですが症状が進まなかった、安定化したという報告もあります。
現在、アメリカのガイドラインでは、Ⅲ型には移植は推奨されないとされていますが、一方でQOL の改善(頻回の通院が不要)が得られています。移植に伴う副作用はありますが、前処置の方法も改良されてきておりしっかり適応を定めて、移植をもう一回見直すことが必要になってきているのではないかという意見も出てきています。
神経型症例に対する治療法の検討
神経型症例に対する治療法に関しては、現在、日本では幸い、酵素補充療法がベースで使われていますので、それにプラスして何をするかというところです。そのいくつかを下記にまとめて解説します。
● ERT+SRT(基質合成抑制療法:substrate reduction therapy)(ミグルスタット)
欧米ではミグルスタットの臨床研究の報告が散見されています。Ⅲ型の小児や成人に対してミグルスタットを併用することで、発作、構音障害の改善、ミオクローヌスなどの全般的神経学的所見の改善などが報告され、現在、台湾でⅢ型に対する有効性についてAmicus の企業治験が実施中です。
● ERT+PCT(薬理学的シャペロン療法: pharmaceutical chaperone )(アンブロキソール)
アンブロキソールによるシャペロン療法に関しては、私共のデータではミオクローヌスや眼球運動の改善等が認められており、来年度を目標に、医師主導治験に移行して承認をとっていく方向で動いています。
● CNS-permeable SRT
中枢神経に移行する基質合成抑制剤(ヴェングルスタット)を、酵素補充療法との併用でⅠ型及びⅢ型の成人患者を対象に、Sanofi Genzyme がグローバルスタディを開始しました。また、GBA キャリアのパーキンソン病患者に対する予防・改善効果に関しても、日本でサイトがオープンして、これから治験に進む予定です。
以上のように神経症状に対する治療法の選択肢、可能性はまだまだ検討していく必要がありますが、少しずつ広 がってきている状況です。
ゴーシェ病に対する新生児スクリーニング
新生児スクリーニングは早期診断・早期治療により予後改善をはかることが大前提になっています。ライソゾーム病に対する新生児スクリーニングは、アメリカ、オーストリア、台湾で導入されています。
アメリカでは2013 年からニューヨーク州やイリノイ州、ミズーリ州などでライソゾーム病の新生児スクリーニングが開始されており、イリノイ州とミズーリ州ではゴーシェ病が含まれています。アメリカは州によってはさまざまで、ムコ多糖症も入っているところと入っていないところがあります。
オーストリアに関しては、2010 年から6 年くらいパイロット研究がされていましたが、現在、ライソゾーム病はスクリーニングから外されています。
台湾に関しても、現在、ポンペ病とファブリー病が対象疾患ということで、ゴーシェ病はペンディングとなっています。
アメリカのパイロット研究結果では4万〜6万人に1人の発症頻度
アメリカのパイロット研究結果では、4 万~ 6 万人に1 人位の頻度で患者さんが見つかっています。
アメリカでは、マススクリーニングで見つかった人、またAshkenazi Jewish の人口密度が高いところでは、夫婦の希望によってPrenatal screening が行われているようです。具体的には、両親がAshkenazi Jewish だったり、GBAキャリアの場合、子どもの出生前とか無症候期に酵素活性診断をしているのですけれども、その研究で38 名の全員がⅠ型の患者さんであることが発見されました。
見つかったⅠ型38 人を追跡調査していったところ、症状は意外と進行していなくて、酵素補充療法が開始になったのは、今のところ1 割ぐらい。貧血とか重度の肝脾腫とかは出ておらず、マイルドな症状が多かったという報告です。
また、日本とバックグラウンドが近い台湾などでは10 万人に1 人、ヨーロッパではアメリカと同じぐらいの3 万~ 4 万人に1 人の発症頻度でした。ヨーロッパの遺伝子変異はアメリカよりは日本、むしろ台湾に近い印象を持っていますが、今後の研究結果を待ちたいところです。
日本の患者さんはアメリカより重症の可能性がありますし、出現頻度はより低いと推察されます。同様な新生児スクリーニングをしていくのであれば、前向きなコホート追跡調査によって自然歴を取りに行く研究を併用して行う必要があると考えます。
Phenotype-genotype correlation
表現型(フェノタイプ)と遺伝型(ジェノタイプ)のcorrelation に関しては、ゴーシェ病はさまざまです。
GBA 変異数はまもなく500 を超えるといわれており、表現型との相関が明らかとなっている変異もいくつかはありますが、報告されているGBAⅠ型の変異の大部分においては、フェノタイプとジェノタイプの相関は報告されていません。また、同胞間でも異なる表現型をとることがあると報告されています。例えば、Ⅰ型とⅢ型とか、Ⅱ型とⅢ型などが報告されていますので、一概にジェノタイプを見たからといって、予後が予測できないというのが現状です。
N370S なら非神経型のⅠ型、Recombinant は酵素がほとんどできないのでⅡ型だろうというのははっきりしています。D409H はⅢ c 型(弁膜の石灰化とか水頭症を来すフェノタイプ)といわれていますが、D409H のヘテロで同様の症状を来す人もいるので、さまざまです。
一番多いL444P 変異の場合、もう一方の変異が酵素活性のほとんどないRecombinant になるとⅡ型なのですが、L444P のホモではⅠ型にもⅢ型にもなります。このように単に遺伝子の変異を見るだけでは患者さんに適切な予後の話をしてさしあげられないのが、ゴーシェ病の診療を難しくさせる点です。
ゴーシェ病の新生児スクリーニングにむけた課題
ゴーシェ病の新生児スクリーニング(NBS)にむけた課題について私見をまとめてみました。
1) 新生児マススクリーニングは、早期介入によって可逆性の症状が多い非神経型のⅠ型に関しては非常にいい適応だと思われます。
2) 一方で、現時点では、神経型になるのか非神経型になるのかは、変異や活性を見ても判別は不可能です。
3) NBS で見つかった場合に、いつから、どういった基準で治療するのかという統一した基準がないと、現場がすごく混乱するため、NBSが陽性になったときの治療、カウンセリングのマニュアル作成を同時に進めながら丁寧に診ていくことができれば、NBS はとても有益になるのではないかなと考えております。
4) 今後、ゴーシェ病でNBSを進めていくためには患者レジストリーをつくって、自然歴を調査すると同時に、今、治療を受けていらっしゃる患者さんの症状の経過を整理する必要があると感じております。