日本の拡大スクリーニングの状況
希少疾患の治療法が次々と登場し、早期診断の必要性から各地域で新規の拡大スクリーニングの導入が進められている。熊本県では2006年からファブリー病のスクリーニングを開始。2012年から有償スクリーニングに移行。その後、ポンペ病、ゴーシェ病、MPSⅠ、Ⅱ型、原発性免疫不全症(PID)、低ホスファターゼ症(HPP)と対象疾患をふやしている。対象疾患は地域によって違いがみられる。
熊本県、福岡県、愛知県は全県単位で新生児スクリーニング(NBS)が行われているが、一部の施設と契約してスクリーニングを行っている地域もある(表1)。また、導入を検討・準備している自治体もあり、我々のところにも10ヵ所以上の自治体などからご相談をいただいている。
NBSの検査体制
現行のNBSの検査体制としては、検査センター、精密検査施設、行政が「新生児スクリーニング連絡協議会」の中で連携している。しかし、一部の施設だけを対象にする場合、実際にはろ紙血が検査施設に直接送られて、陽性者が精密検査施設に直接受診するという形をとるので、連絡協議会の枠を外れてしまうという問題点がある。できれば、検査センターまで巻き込んで、行政の了解も得た上での拡大スクリーニングを進めていくことが、精度の管理やスクリーニングを長く続けるという点で望ましい。
拡大新生児スクリーニングを実施する上での課題
産科施設、検査施設などの体制づくり、診断の時期、遅発型などのフォローアップ、治療開始の時期などがあげられる。特に検査後のフォローアップ体制の確立は重要。以前、「聴覚スクリーニング」が開始された直後に、異常が認められても、どういうプロセスで診断が進んで治療につながるのかという説明が不十分であったため、混乱を招いたということがあった。単にスクリーニングを導入するだけでなく、確実に治療につながるようなフォローアップ体制を整えることが必要となる。
遺伝カウンセリングや遺伝子検査を用いたスクリーニングが必要になる場合がある。
地域によって対象疾患はどれを選ぶのかということの考え方が多少違ってきている。有償の検査の場合、患者の自己負担はどのくらいにするか、支援の体制はどうあるべきか、決められた費用の中にどの疾患を入れていく必要があるのかということを考えなければならない。
遺伝子検査を用いた拡大スクリーニングの必要性と課題
遺伝子検査を用いた拡大スクリーニングの対象疾患としては、脊髄性筋萎縮症(SMA)Ⅰ型、副腎白質ジストロフィー(ALD)などが挙げられる。例えば、SMAは生後2週間で治療を開始する必要があるといわれており、NBSを念頭に置きながら体制をつくる必要がある。
「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」では、病的意義が確立した検査はインフォームドコンセントに基づいて行うこと、必要に応じて遺伝カウンセリングを実施することが記載されている(表2)。これは新規スクリーニングを考えていく上では重要なことである。
遺伝子検査を用いた拡大スクリーニングの課題は以下の通りである。
  • ここで行う検査は特定の欠失・変異のみを検出する検査であり、偶発的所見や二次的所見が得られる可能性は低い検査であることが必要。産科の先生が遺伝子検査の説明をするときのハードルがそのことでかなり違うのではないかと考えられる。
  • 両親への説明では、遺伝学的検査として気をつけなければならないことを説明していくというプロセスが必要。
  • 産科施設の対応と遺伝カウンセリング体制をつくっていく。希望があれば詳しい説明書を渡したり、さらに遺伝カウンセリングを受けられるような体制づくりが必要。
遺伝学的検査に対する両親への説明と同意
両親には「検査説明書」を用いて説明し、同意を得ることが必須となる。
現在保険診療で用いられている遺伝学的検査の同意文書の、基本的に同意すべき内容の一例としては、• みずからの意思で同意したもので自由に撤回できること、• 検査による利益、不利益、検査の感度や限界、• 個人情報の保護、• 検査を委託しているということや費用、• 必要に応じて遺伝カウンセリングを受けられること、などとなっている。
新規NBSにおいても、これらの点について、いろいろな形であらかじめ情報提供して、必要に応じてもっと詳しい説明ができるという体制を用意することでクリアできると考えている。
遺伝子検査のNBSを実施するための条件
以上のことから、以下の条件を満たせば、遺伝子検査のNBSを進めていくことが可能ではないかと考えている。
  1. ① 検査については偶発的所見や二次的所見が得られる可能性が低い検査を行っていること。
  2. ② 説明と同意においては、臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリング体制が用意されていること。
    遺伝カウンセリングは出産した産婦人科で実施する必要はなく、どこで受けられるかが明記されていればいいのではないか。
  3. ③ 検査説明書を用いた説明、特に偽陰性について十分に説明して、検査同意書の同意を得ること。
  4. ④ 「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」や「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」を遵守していくこと。
Discussion
奥山  日本医学会ガイドラインでは「発症前検査では事前に遺伝カウンセリングすること」とあるが、現在の新生児マススクリーニングも発症前診断になるのか整合性がとれていない。だから、スクリーニングは診断ではないということで、治療法があれば、必ずしも遺伝カウンセリングを事前にする必要はないのではないか。
斎藤  発症前診断での遺伝カウンセリングは、治らないものに対するケアというイメージであった。しかし、治療法がある疾患については、治るものに対してのアプローチということで、遺伝カウンセリングを用意してあれば、陽性と診断されたときに治療につながるという位置づけと考えている。
福士  NBSは診断ではないと国際新生児スクリーニング学会でも区別している。NBSは1回の簡便な検査で疾患リスクの有無を篩い分け、その後の専門医による確定診断へ結びつけることを目的としており、発症前診断とは違うと考えていいのではないか。
中村  より詳しい事前の説明は必要だと考えているが、遺伝学的検査もこれまでのスクリーニングと同様の説明を行って、同意を得るというプロセスでできるのではないかと思っている。もしそこで求められれば、遺伝カウンセリングの体制を準備しておく。
奥山  スクリーニングは診断ではないという切り分けはしておいたほうがいい。一方で、遺伝カウンセリング体制を整えておく。産科ですべて対応できるわけではないので、その2つをきちんとしておくことが鍵だと思う。
中村  マススクリーニングに限らず、遺伝生化学的検査や遺伝子検査、DNAシーケンスもすべて遺伝学的検査と考えられている。
村松  スクリーニングと診断との切り分けをしていれば、ある意味、シークエンシングを用いたマススクリーニングへの道も開かれているという理解でよいかと思う。
衛藤  NBSで問題なのはフォローアップ体制。遅発型などの場合、どう説明してフォローアップしていくか。専門医でない先生方に指導していく必要もある。
中村  熊本では陽性患者はすべて私の外来を受診するので、診断後のフォローアップ、情報提供などが継続できる。しかし、日本全国で同じような質の体制をつくっていくことはまだ難しいのではないかと感じている。