新生児スクリーニング(NBS)が検討されている新規対象疾患
私はタンデムマススクリーニング導入の研究班班長をしていたので、これを踏まえて、これからの新生児スクリーニングの拡大の方向性についてお話したい。現在、NBSが検討されている新規対象疾患は、免疫不全症、ライソゾーム病、脊髄性筋萎縮症(spinal muscular atrophy:SMA)、副腎白質ジストロフィー(adrenoleukodystrophy:ALD)、クレアチン欠乏症、サイトメガロウイルス感染症、ウィルソン病などである。また、代謝物質(Metabolite)をスクリーニングするという考えとは違う、NGS(次世代シーケンサー)による簡便で確実なスクリーニング法も検討されている。
スクリーニングする疾患を公衆衛生事業として取り上げるときの基準として、Wilson&Jungnerの基準(1968年、2008年改訂)(表1)がよく引き合いに出るが、一部では現在の社会状況、環境とは合わなくなっている。新規対象疾患で大きな問題は、検査費用ではなく、その治療である。公衆衛生事業として取り上げる場合、その疾患が社会常識にかなう病気で、公平性が優先されるべきである。
検討されている新規対象疾患の特徴
ガスリーテストの時代は、疾患が非常に限られており、検査費用も、ガスリーテストだけに限ると実費が850円程度。タンデムマスだと1300円位。新規対象疾患は、現時点では数千円位と予想されている。
治療法は、ガスリーテスト、タンデムマス法の対象疾患は、食事療法や薬剤療法が主体で、常識の範囲内の治療法である。
一方、新規対象疾患では、骨髄移植(BMT)や酵素補充療法(ERT)、免疫不全症では免疫グロブリンの定期注射など高額医療が必要になる。骨髄移植など危険を伴う治療の同意を得ておく必要がある。そして、もっとも大事と考えているのが追跡システムの確立である。日本ではまだ十分ではない。
検討されている新規対象疾患の特徴をまとめると、①画期的な治療法が登場しつつある、②高額な治療費が必要となることがある、③一部危険を伴う治療となるかもしれないので事前のカウンセリング体制が必要、④NBSの効果が十分に定まっていない疾患が相当数あるという点を挙げることができる。
費用対効果をどう考えるか
費用対効果の古典的な考え方を、タンデムマススクリーニングのケースで紹介する(表2)。NBSによって治療された患者は、正常に成長して社会参加できうる。また患者、家族、コミュニティーにとって、障害の発生を防ぐことは非常に意義が大きい。それが、NBSはtax eaterをtax payerに変える公衆衛生事業だと言われる所以である。
「画期的な治療薬」をいかにして難病患者に届けるか(提言)
  1. ① 高額な治療薬:クライテリアを設けて優先順位を決めておく必要がある(SMAなら、生後1ヵ月以内の患者に限定するとか、新しい薬に効果のあるジェノタイプの人を優先するなど、そういう助言をする諮問委員会のような中立機関があるとよい)。
  2. ② 財源確保:政府に頼らない方法を含めて知恵を絞る(台湾では財団をつくって、メーカー、政府、富裕層などが財源を持ち寄っている)。
  3. ③ 行政の役割:医療費用・社会の許容度など全体のバランスをとる。
  4. ④ 研究者の役割:小児科医や研究者の重要な使命は、正確な、エビデンスのある科学的に有効性(自然歴)のある情報提供をする)。
  5. ⑤ 関連する企業の役割:画期的な治療の開発は、夢を与えてくれるが、次の段階として早く投資を回収して、安価な治療法の開発、精度の高い検査法の開発を進めてほしい。
新規スクリーニングの拡大に向けての課題
新規スクリーニングの拡大に向けて、パイロットスタディーも一部で進められているが、①金持ちだけが恩恵を受ける状態は好ましくない。できるだけ公平な進め方をしてもらいたい。②情報を持っている人たちだけが恩恵を受けるというのも好ましくない(専門家のいる自治体は非常に有利だという状況も好ましくない)。③安易な有料スクリーニングは避けるべきである(節度ある進め方をすべきだと思われる)。④有料パイロット研究は、その有効性を調べるものなので行政(政府)の了解のもとに行うべきである(期間と施設、範囲の明示、定期的に結果報告)。
NBS先進国の状況をみると、一番進んでいるのが台湾、オーストラリア、ニュージーランド、USA(USAは州によって異なる)で、ヨーロッパの国々の多くは日本以上に非常にコンサバティブだというのが実感。日本も含め、多くの議論を進めて行く必要がある。
まとめ
  1. ① 最近、小児難病の画期的な治療薬が登場した。難病で苦しむ子どもたちに早く届けたいというのが私たちの気持ちである。
  2. ② 公衆衛生事業ではNBSのためのWilson&Jungnerの基準があるが、40年以上前のものであり、一部では現在の社会状況、環境とは合わなくなっている。社会的受容も重要な因子として考えるべきである。総医療費とのバランス、事業効果、正確なエビデンスが求められる。
  3. ③ 行政サイドの使命としては、長期追跡体制の構築による事業の評価、政策決定。
  4. ④ 政府のもとで公平性を保つ諮問委員会のような組織が必要。優先的に採用すべき対象疾患、高額治療を受ける患者の優先順位、有料スクリーニング等の受益者負担の上限額などを助言する。
  5. ⑤ メーカー・研究者は、より安価な診断治療薬の開発への努力を。
  6. ⑥ 医療現場の使命として、小児科医は科学的な自然歴の情報提供を心掛ける。
  7. ⑦ スクリーニングの標準化。地域によって温度差がある。全国でやる以上は、精度の高い検査がどこででも受けられること、啓蒙活動、カウンセリング体制、診断治療、長期フォローアップの統一性など。
  8. 以上が、これからに向けた現時点の課題だと考えている。
Discussion
村松  新しいスクリーニングを我々も愛知県で重症複合免疫不全症(severe combined immunodeficiency:SCID)とポンペ病等で取り組んでいる。特に、SCIDについて、検査の質の担保という意味で非常に不安を覚えている。どうコントロールすればよいか?
山口  免疫不全症のスクリーニングの場合、検査自体にfalse positiveが多いなど精度管理がまだ十分完成していないように思われる。SCIDの場合は、骨髄移植で救われる例があることは理解しているが、他の疾患は、まだ不明瞭なところがあり、各研究者は組織立ったデータを公的機関に研究結果を出していくことが重要と考える。
衛藤  next generationを含めた遺伝子診断によって、多数の疾患がNBSに入ってくる。この間のアメリカの遺伝子治療学会でも60種類近い遺伝病で遺伝子治療が始まっている。スクリーニングの取り扱う疾患の優先順位も、我々が考えている順位より、ビジネスサイドで進化している。そこをどうコントロールしながら、次のステップを用意して進めるか、それが今後、非常に重要である。
山口  治療費が非常に高い間は、治療はNBSで見つかった患者に限るとか、疾患によって違いがあるが、ある程度制限しながら少しずつ広げていくことが、本当に効果のある子どもたちへ優先的に届ける方法の1つだと考えている。