ムコ多糖症Ⅱ型の臨床背景
我々は酵素製剤の脳室内投与によるムコ多糖症Ⅱ型の中枢神経症状に対する新規治療法の開発を医師主導治験として行っている。今回はその開発状況についてお話しする。
ムコ多糖症Ⅱ型(ハンター症候群)は日本ではムコ多糖症の中で最も頻度が高く、Iduronate-2-sulfatase酵素の先天的な欠損により、デルマタン硫酸とヘパラン硫酸が体内に蓄積される。X連鎖性で男性がほとんどである。特徴的顔貌、関節拘縮、水頭症、難聴、心臓弁膜症、閉塞性呼吸障害、肝脾腫などの症状を呈する。また、ムコ多糖症患者の70%に知的障害や神経学的退行がみられる。30%でみられない原因は、遺伝学的に残存酵素活性が期待できるミスセンス変異の患者では中枢神経症状が起きにくい傾向にあるためと考えられる。
ムコ多糖症Ⅱ型の中枢神経症状に対する酵素製剤の脳室内投与による治療法
ムコ多糖症Ⅱ型に対する標準的な治療法はイデュルスルファーゼ(エラプレース®)による酵素補充療法である。これは10年ほど前にドラッグラグを回避した薬剤で、日本では治験をせず海外の治験データと日本の臨床研究(7例)でJapan Elaprase Treatment(JET)studyを行い、厚生労働省に認められた薬剤である。
イデュルスルファーゼの静脈内投与は肝脾腫や関節拘縮などには有効であるが、中枢神経症状には効果が期待できない。こうした神経症状に対して、さまざまな治療法が開発されている。酵素の髄腔内投与あるいは脳室内投与、血液脳関門を通過できるような酵素の開発、アデノ随伴ウイルス(AVV)ベクターを脳内投与する遺伝子治療、骨髄移植などである。しかし髄腔内酵素投与は効果がみられなかったということで断念している。
今回、我々は酵素製剤としてイデュルスルファーゼ-βを使用した。これは韓国で開発され、現在韓国、ロシア、カザフスタンなどで承認されている薬剤である。
試験デザイン
対象:重症のムコ多糖症Ⅱ型患児6例(2~6歳)。イデュルスルファーゼ静脈内投与による酵素補充療法を6ヵ月以上継続している。
方法:オープンラベル試験。イデュルスルファーゼの静脈内投与に加え、植込み型脳脊髄液リザーバーを脳内に留置しイデュルスルファーゼ‐βを脳室内投与(図1)。最初は28日ごとに1回1mg(1日2回)投与し、10mg(1日2回)、30mg(1日2回)と漸増。ヘパラン硫酸の髄液中濃度に基づいて最終用量を決定した。6例とも30mgが最終用量になった。現在もまだ6例全員において2年間以上治療を継続している。
プライマリー・エンドポイント:ヘパラン硫酸の髄液中濃度
セカンダリー・エンドポイント:京都スケール発達検査による発達年齢
髄液中のヘパラン硫酸の有意な低下が認められた
  • この研究では脳感染を含む重篤な有害事象はみられなかった。
  • 髄液中のヘパラン硫酸濃度は、ベースラインで平均7.9µg/mlであったが、投与52週後には2.9µg/mlと有意な低下を示した。プライマリー・エンドポイントはクリアしたと考えられる。
    ベースラインを100%とした場合、投与52週後には少なくとも6例中5例は50%以下になった。
  • 対照群として、静脈内投与による酵素補充療法を受けている重症型ムコ多糖症Ⅱ型患児13例について発達年齢を検討したところ、3~4歳ごろで発達が止まり、4~5歳で退行がみられた。
  • 発達年齢は、23.3ヵ月の観察期間において平均4.2ヵ月上昇した。また、静脈内投与のみの対照群と比べて5.1ヵ月高かった。
オプショナルスクリーニングについて
現行の新生児マススクリーニング疾患以外にも早期発見・早期治療が必要な疾患は存在し、今後治療法の発展に伴い、対象疾患は増加する傾向にある。私たちは2年前に「一般社団法人希少疾患の医療と研究を推進する会(CReARID*)」を立ち上げ、オプショナルという形で選択できるスクリーニングを行っている。
* CReARID :Clinical & Research Association for Rare, Intractable Diseases
対象疾患と検査方法ならびに検査の流れ
2018年2月からポンペ病、ムコ多糖症Ⅰ型、ファブリー病(男性のみ)で始めた。同年4月からは重症複合免疫不全症(SCID)、ムコ多糖症Ⅱ型、ⅣA型、Ⅵ型。今後、副腎白質ジストロフィーを追加する予定である。検査方法と検査の流れは下記の通りである。
  1. ① 専用のろ紙を使用する。ろ紙をピンクにして現行の新生児マススクリーニングと区別している。
  2. ② 希望者を対象に有償検査として実施(1件:約8000円)。
  3. ③ 液体クロマトグラフィー・タンデムマス質量分析装置(LC-MS/MS)を利用した精度の高い検査法を採用。
  4. ④ 衛生検査所の登録のある公益財団法人かずさDNA研究所に検査を依頼して、改正医療法を遵守した形で検体検査として行っている。
  5. ⑤ 病院・クリニックからCReARIDに郵送された検体をかずさDNA研究所に検査を依頼し、その結果をクリニックにお返しするという形をとっている(図2)。
1年半で11,312例のスクリーニングを実施し、ファブリー病が1例みつかる
2018年2月~2019年9月で11,312例で実施した結果、ファブリー病の男児1例がみつかった。GLA活性が1.02µmol/h/L、遺伝子検査で報告のある変異(c.1171A>G p.Lys391Glu)が確認された。
そこで、家族を検査したところ、お母さんがファブリー病ヘテロで陳旧性脳梗塞が多数認められ、お母さんの早期診断、早期治療にもつながった。お子さんだけでなくお母さんにも新生児スクリーニング(NBS)が役立ったといえる。私自身、ファブリー病のNBSに疑問を持っていたが、こういったメリットもあり、適時、遺伝カウンセリングを付加することで、NBS対象疾患として考えていいかもしれない。
Discussion
遠藤  NBSの適応疾患についてRecommended Uniform Screening Panel(RUSP)なども含めてお聞かせいただきたい。
奥山  RUSPはよく調べられていると思う。初めてRUSPを知って本当に大事だと思ったのがポンペ病で、まずポンペ病のスクリーニングを始めた。その後MPSⅠ型もリストに入ったので追加したが、現状は患者さんがなかなか出てこない。また、ファブリー病を入れるべきか悩んだが、「新生児スクリーニングの患者として、家族歴から見つかることがある」という意見もあり、CReARIDでも同じ事例が見つかったので、NBSをする意義がないわけではないと考えるようになった。
MPSⅡ型は我々がやっている治療法が1~2年後に承認されれば、NBSの対象疾患としてより妥当性を増すと考える。
衛藤  MPSⅡ型の新しい治療法の効果の検証について教えてほしい。
奥山  患者さんの負担と効果を比較して、新しい治療法を考えなければいけないと思う。遺伝子治療は期待できると思うが、個人的にはex vivoの遺伝子治療のほうが期待できると考えている。