医療的ケア児の概念
今回、我々の診療所で診ているライソゾーム病の子どもたちの在宅ケアについて紹介しながら、在宅医療の課題についてお話させていただきます。
今、小児在宅医療は国の後押しを受けて広がりつつあって、当法人も東京墨田、千葉、宮城に続き、4月に静岡と5月に世田谷の在宅医療のクリニックをオープンさせていただきました。井田先生にもご協力いただいて、都内の患者さんが急速に増えております。
当法人の子ども在宅クリニック墨田は東京23 区を診療エリアとしており、これまでに約650人の患者さんの在宅医療を行ってきました。現在、約470 人の患者さんを診ていて、そのうち約300 人が人工呼吸器装着の患者さんです(図1)。
2016年に法改正があり、医療的ケア児の支援体制の整備や在宅医療の充実が図られるようになりました。
これまでの障害概念というのは知的、身体、精神の3障害のみで、医療的ケアが必要であるということを「障害」とはみなされませんでした。例えば、人工呼吸器が必要でも歩けて、知的な遅れがない場合や、歩けて自発呼吸があっても夜間だけ人工呼吸器が必要な子たちは、法律上は全く障害がないことになってしまい、適切な福祉サービスが受けられなかったのです。
そもそも医療に必要な障害という概念そのものがなかったということに、私たち医療関係者も気づかないまま長い間やってきたわけで、こういった新しい法律がつくられたことでずいぶん状況が変わってきました。
医療的ケア児は10年で2倍に増加
2016年現在、国内で医療的ケア児は約1万8000人、在宅人工呼吸療法を受けている小児患者は約3400人いて、医療的ケア児はこの10年で2倍に増加し、在宅人工呼吸器装着児は10倍に増加しました(図2)。
この数字は厚労省の診療報酬の算定件数から医療的ケア児数と人工呼吸器装着児を算出したものですが、実は細かい医療ケアについては把握できないのです。在宅指導管理料というものはいくつもありますが、その中で一番高いものを1つしか請求できない。例えば人工呼吸器・気管切開・胃ろうを行っている場合、人工呼吸器管理料が一番高いので、複数の処置をしていても人工呼吸器の子どもとしてしかカウントできず、胃ろうの子どもが実際どのくらいいるのかということは、このビッグデータからはわからないのです。推計の限界がありますが、それでも人工呼吸器の全体像は把握できたということで、こんな結果が得られています。
日本の小児医療は多分世界一の水準であろうと思っています。
余談ですが、私は外国の外交官で要人の方の娘さんを3 年ほど診療させていただいていたことがあります。ミトコンドリア病で、日本で気管切開して、人工呼吸器も入って、非常に安定して過ごされました。その方はある国の王家の一族だったのですが、ご両親のお話では医療水準が全く違うと。「王家の一族であっても、自分の国だとこんな医療は受けられない。日本は本当にいい国だ」というようなことをおっしゃっていました。日本は、非常に高い水準の医療を、子どもはほぼどこも無料で受けられるということで、いろいろな国と比較しても、かなり特殊な国なのではないかなと思いました。
このように日本の医療は非常に進歩していますが、それとともに寝たきりの子どもと、動ける子どもという2つのタイプの医療的ケア児が増加しているということが問題となっているわけです。
ライソゾーム病の子どもの在宅ケア
当法人では、これまでに15名のライソゾーム病の患者さんを診てきました。ゴーシェ病も4人いて、最近、井田先生からご紹介いただいて5人目となります。
表1 からもわかるように、ライソゾーム病の子たちは医療依存度が非常に高くて、ほとんどが人工呼吸器を使っています。
また、ライソゾーム病の子どもたちは予後が限られているので、緩和ケアを考えた医療をしていく必要があると考えています。小児の場合、特に子どもが亡くなるということは非常に辛いことでもあるので、医療者という立場だけでなく、人間として、どちらかというと歯を食いしばってそばにいるようなところがどうしてもあります。いろいろな悲しいことや辛いこと、どうにもならないことを訴えられても、ただ黙って聞いているしかないということで、我々医療者側も非常に無力感を覚えるのですが、誰かが寄り添うことに意味があるというのが緩和ケアにおける援助のあり方を示す「not doing but being」であります。
ライソゾーム病患児の在宅ケアについてポイントを表2にまとめました。まず、ライソゾーム病のような難病の場合、最初から終末期を念頭に入れたケアをしていく必要がある。そして、高度に重複した医療機器と医療ケアに対応していく必要がある。
特に大事なのは呼吸管理と筋緊張の対応です。呼吸管理がきちんとしていないと安定して家にいられないということで、私たちは、呼吸ケアに関して非常にたくさんの手法を持っていて、細かいところまで配慮して呼吸ケアをしています。また、どの子も筋緊張が非常に強くでるので、その対応をきちんとしていく必要がある。この2つが非常に重要なポイントかなと思っています。
できれば、高度医療機関の先生方と連携をとりながら在宅で酵素補充療法をやってあげたほうが、お子さんは楽になります。井田先生は敷居が非常に低くて、相談しやすくしていらっしゃるので、「アレルギー症状が出たのですが、どうしたらいいですか」とか「ちょっと量を減らしてほしいと親御さんが言っていますが、減らしていいものでしょうか」とか、そういう相談が気楽にできて、非常に細やかに連携させていただきながらERTをしています。在宅でも安心してやれる。もし自宅でやるとしたら、高度医療機関の先生方と綿密なコミュニケーションをとれる状況でやってあげないと、結構不安だろうなと思います。
ゴーシェ病Ⅲ型患児に対する排痰管理
ゴーシェ病Ⅲ型の女の子で、井田先生からご紹介いただいた患者さんです。かなり典型的なケースです。3歳3ヵ月で心肺停止になり、重度の寝たきりになりました。お母さんから気管切開をするのは難しいとのことで排痰管理が大変で、BIPAP( Bilevel Positive Airway Pressure)とIPV(Intrapulmonary Percussive Ventilator)を入れて対応しました(表3)
私の診療所で今ちょっと流行っているのが排痰補助装置です。HFCWO(high-frequency chest wall oscillation:高頻度胸壁振動)という胸壁を振動させるタイプのものを入れてから肺炎などのトラブルが激減しました。今、非常にいい感じでケアができています。お母さんが在宅でのERTを希望されたので、10歳6ヵ月からセレザイムの在宅投与を行っています。現在17歳8ヵ月で、本当によく頑張っておられます。
表4 に排痰補助装置を列記しました。カフアシストといったMI-Eが有名ですが、当院でやっていて有効なのがHFCWC(高頻度胸壁圧迫)です。ラップを胸に巻いて、圧迫させるような感じで痰を出します。
ゴーシェ病Ⅱ型患児に対する筋緊張亢進の緩和治療(表5)
3歳10ヵ月のゴーシェ病Ⅱ型の女の子です。生後8ヵ月で診断され、セレザイムによるERTを開始。10ヵ月で胃瘻増設。11ヵ月で気管切開。1歳で東京に転居され当院の在宅訪問を開始。1歳4ヵ月で人工呼吸器を導入。2 歳3ヵ月からERTを自宅で実施しました。
このお子さんは筋緊張の緩和が非常に困難でしたが、フェノバールを極量まで使うとともに、麻薬製剤とレキソタン(プロマゼパム)等を使用することによりうまく緊張がとれて、良好に家で過ごせています。また、呼吸苦が筋緊張を悪化させるため、緊張緩和と呼吸管理をセットで行うことがポイントとなります。
親御さんは医学知識をよくわかっている方だったので、当初はとても暗かったのですが、やはりお子さんが安定して生活して、外出などもできるようになったことで、2人ともだんだん明るくなってきました。いろいろ厳しい状況ではありますが、今生きているその子を大事にするという気持ちになっていらっしゃると思います。
ゴーシェ病のように症状コントロールの難しい患者さんでも、酵素補充療法をして、家で過ごしながら、できるだけ生きて楽しい生活も送ることができるということもあるかなと思っています。以上です。