酵素補充療法と基質合成抑制療法の使い方(CYP2D6の表現型の検査)
遠藤  神経型の患者さんに対する酵素補充療法は、実際に神経症状にはほとんど効果がないという印象でしょうか。
井田  効果は神経症状の重症度によると思います。軽微な神経症状の患者さんは酵素補充療法でもいいと思いますが、重症な神経症状を呈する患者さんは治療抵抗性です。
遠藤  L444P 変異の患者さんは熊本にもいます。小児期からずっと治療していて、小学生になって書字困難が少し出てきました。L444P変異による神経症状は、ずっと診ていくと皆さん出てくるのですか。
井田  これは難しい問題です。L444P ホモ接合体の方の神経症状は非常に軽微です。目の動きが悪いとか、学力が劣るとか、書くのが不便だとかです。そして神経症状がいつ出現するか明らかではありません。症例ごとに異なります。
遠藤  人によってということですね。
井田  ただ、L444P 変異のホモ接合体の患者さんの大多数は神経症状を呈すると思います。
遠藤  エリグルスタットは、L444P 変異には効くのですか。
井田  血小板減少とか肝脾腫には効きます。ただ、神経症状は効きません。現在、神経症状に有効な基質合成抑制療法(ベングルスタット)の治験がスタートしました。
遠藤  かなり有望そうですか。
井田  動物モデルのデータではlyso-Gb1の低下といった生化学的な改善や病理学的な改善が確認されています。
遠藤  ベングルスタットもエリグルスタット同様にCYP2D6 などの遺伝型多型との関係はありますか。
井田  ベングルスタットはCYP2D6では代謝されないので関係はありません。
遠藤  遺伝子多型の検査から、エリグルスタットは日本人では9割ぐらいの患者さんに使えるとおっしゃっていましたが、使える人は結構いるのですね。
井田  現在までのデータをもとにすれば9割前後の患者さんに使用可能です。
遠藤  それは大変ありがたいですね。
井田  ベングルスタットの治験は、今始まったばかりですので、承認には2~3年ぐらいかかると思います。
中村  エリグルスタットは神経症状には効かないけど、全身症状には効果があるから、そのためにⅡ型、Ⅲ型にも使用できる選択肢が残っているわけですね。
井田  その通りです。アメリカではⅠ型に限定されていますが、適応は日本においては全病型で承認されています。もちろんアドバンテージがあれば、神経型の患者さんにエリグルスタットを使っても構いません。
中村  実際にⅡ型、Ⅲ型の患者さんにSRTを使われていましたよね。
井田  実際に13例の中に神経型がいました。Ⅲ型の患者さんの1人か2人は使われていると思います。
中村  今のところ、井田先生のところを受診してCYP2D6 の表現型を検査しないと使えない形になっています。エリグルスタットの使用実態の地域差は生まれているのでしょうか。東京に近いと治療に入りやすいとか。
井田  慈恵医大までの旅費とかをサポートしますので、受診患者さんは関東地域だけに限定されているというわけではありません。全国から来ています。
ゴーシェ病に対する化学シャペロン療法の今後
遠藤  成田綾先生の論文を引用して、井田先生からムコソルバンのお話も紹介していだきましたけれども、実感として、効いていますか。
井田  確実に効いています。
遠藤  今の段階ではまだ承認されていないですね。
井田  承認にはまだ時間がかかると思います。
遠藤  自費で使っているのですか。
井田  経費は私の研究費でまかなっていますので患者さんの負担はありません。
遠藤  島津先生の患者さんは使っていますか。
島津  いいえ、遺伝子解析の結果を成田綾先生にお伝えしたところです。
井田  ミオクローヌスには非常に効果があります。ですから、震えて字が書けなかったり、食事がとれなかった人が、自分の名前を書けるようになり、食事も自分でとれるようになりました。
私の患者さんはL444P とF213I という2 つの変異のcompound heterozygote です。F213I をヘテロで有しているので、化学シャペロン療法にresponsive です。
中村  私も化学シャペロン療法の効果が高いというのを感じています。ERTだと、症状が出たらすぐに治療とか、兄弟例で神経症状を持っていらっしゃる方だと、症状が出る前から治療を開始しています。化学シャペロン療法はいつから使うのが望ましいですか。
井田  現状で言いますと、ゴーシェ病に対する化学シャペロン療法がまだ認可されていないので、ERTが第1選択です。私の患者さんもERTを行っていましたが、神経症状が少しずつ出てきていて、なかなか難しい状況でした。そこでERTに限界があるだろうということで、化学シャペロン療法を併用しました。
今後はL444PとF213Iのcompound heterozygoteの患者さんでは、将来的に神経症状が出てくることを考慮し、もし化学シャペロン療法が認可されれば、最初から化学シャペロン療法でいくという選択もあると思います。
移行期医療における医療体制について
遠藤  最後に移行期医療のことまでも先生から詳しく紹介していただきました。貴重なデータをありがとうございました。
例えば、先生はゴーシェ病の専門家でいらっしゃるわけですから、先生がずっと診ていく方がいいのではないかと思うのですけれども、その辺の先生の個人的な考えをお聞かせください。
井田  今、移行期医療がいろいろ問題になっていますが、各疾患領域で違いがあると思います。先天代謝異常症に関しては、遺伝学的な見地からコアドクターはやっぱり小児科医で、先天代謝異常症の専門医がキーパーソンになって、ネットワークをつくって、成人期に起こる諸問題に対応していけばいいのではないかというのが私の意見です。ですから、小児科医が診ていて悪いということではないと思います。
遠藤  整形外科の先生とか消化器内科の先生とかまで入っていらっしゃいますね。
井田  骨症状や肝脾腫が初発症状の方はそれらの診療科に行く可能性が高いです。
遠藤  最初にそちらの診療科に行ったのでしょうね。
井田  そうです。骨の症状があると整形外科の先生、貧血があると血液内科の先生です。
遠藤  血液内科の先生は、海外でも診ていらっしゃる方が多いですね。
井田  先程示したデータが日本の実態です。私見としては、小児科医、しかも先天代謝異常の専門医がコアドクターとして診た方がよいと考えています。
中村  移行期医療のことでもう1つ。ファブリー病だと、治療は内科の先生や、近くの病院でというのが多いようです。ゴーシェ病の成人の患者さんは、井田先生の診療科で診られていて、小児期からとなるとなかなか移行しにくいというのを感じます。治療も小児科で受けていらっしゃる患者さんがやはり多いですか。
井田  小児科で受けている方が多いです。
中村  酵素補充療法も受けていますね。
井田  そうです。大学病院、あるいは、ある程度大きな病院の小児科で酵素補充療法を受けて、フォローアップしているという感じです。
ゴーシェ病における在宅医療の今後の問題点
前田  患者さんたちにとって酵素補充療法を受けに大きな病院に行くのはなかなか大変なことです。今のライソゾーム病の治療方針では、酵素補充の点滴を、患者さんたちにも簡便なように、在宅に移行するような動きが実際にあるのでしょうか。
それよりも、さっさと経口薬の開発承認が進んでしまえばいいわけですが、井田先生の見通しとして、実際に経口治療がメインになるのはどのぐらい先という予想でしょうか。
井田  患者さんから、以前、「酵素補充の在宅点滴静注を認めてほしい」という学会への陳情みたいなものも実はあったのですけれども、酵素製剤投与時のアレルギー反応などの問題で、政府も酵素製剤の在宅注射に踏み切れないので、まだ医療機関でやることになっています。
あと、日本の場合、神経型の患者さんが多く、病院に行くのも大変で、メディカルケアがどうしても必要です。欧米ではⅠ型の軽症例が多いので、ポートを留置して自宅でナースが投与するという形がほとんどです。ですから、日本人の在宅注射は少しそぐわないのかなと思います。
経口薬についてですが、Ⅰ型で落ちついている患者さんにはエリグルスタットなどの経口薬でもよいでしょうが、問題は小児期で、しかも神経症状を呈している方です。今後の治験の方向性としては成人の治験が一通り終わり、次に小児用のシロップ製剤や顆粒製剤の治験に取りかかりますので、小児期の患者さんへの経口薬治療の承認にはまだ結構かかると思います。小児の場合は大体中枢神経症状を伴っていますから、エリグルスタットではカバーできないので、神経症状にも効くようなベングルスタットによる基質合成抑制療法の治験をまず成人で行い、この認可後に小児の治験が行われると予測しています。
前田  まだまだ相当かかりそうですね。
井田  相当かかると思いますよ。
遠藤  今、前田先生がおっしゃった自宅でというのは、実際、在宅医療の現場だと、対応はいつでもできそうですよね。いろんなインテンシブな治療がされています。
前田  在宅医も分かれるのです。そういうアグレッシブなことをやることに喜びを見出している方もいれば、そうでない方もいます。
井田  東京は前田先生がいらっしゃるからできますけど。
遠藤  訪問看護とドクターの訪問と両方やっていらっしゃるので、できないことはないと思います。
前田  輸血をやっていますからね。
井田  できないということはありませんね。
遠藤  井田先生は厚労省といろいろな話をされていると思いますけれども、感触として、そろそろいけそうなのでしょうか。
井田  在宅医療では物品などの配布が問題になっているんです。在宅医療を普及させるには一般小児科の先生方の参画が必要です。大学病院などで患者さんに無料で供給しているカニューレやガーゼなどを個人で提供すると採算割れしてしまいます。
遠藤  病院の経営上は大切ですね。
井田  病院では大丈夫ですが、個人クリニックの先生方には大きな問題です。
遠藤  それがちょっと負担というか、マイナスになってしまう。
前田  酵素補充をやるには、自然滴下のドリップでは無理なので、どうしてもポンプを入れるのですけれども、ポンプの補充の保証が全くありません。皮下注用免疫ガンマグロブリン製剤ハイゼントラでは、ポンプの加算も取れるようにしました。それで在宅ですごい勢いで広がっているようです。酵素製剤でも同様に厚労省に認めてもらうようにしないと、ポンプ料は完全に持ち出しになってしまうでしょう。
井田  一般の小児科医の先生に在宅医療のノウハウを習得してもらい、健康保険上の配慮(物品、ポンプ料など)をしないと、在宅のERTは普及していかないでしょう。在宅ERTの普及には幾つかの障壁があると思います。
遠藤  貴重な情報をお二人からありがとうございました。
前田  薬剤に関しては保険でちゃんと請求できます。
井田  結局、ポンプ料などは持ち出してしまいますから。
前田  その分、損する仕組みになっています。
遠藤  熱心にした人が損しているみたいな。
遠藤  成育医療センターも、そういう物品を随分出していると言っていますね。
前田  都立病院でも在宅に移行しやすいように工夫をいろいろしていますが、まだ、医療機関ごとでばらつきがあるようです。
中村  うちも、入院の加算はしました。一日入院ですので、入院加算は取りました。
前田  そうですね。入院すれば有料加算。
井田  実は、そうしないと、やっていけないのです。
遠藤  非常に重要なことなので、井田先生と前田先生には一層の協議を重ねていただきたいと思います。
井田  最近、前田先生と会合を持っています。
遠藤  それはありがたいです。
前田  井田先生にご協力いただいて、東京都の小児医療機関の人が集まって、物品とかに関してきちんと調査をしましょうという話になっています。そのミッションをいただいたのが7月ぐらいで、すごく時間がかかったのですが、やっとアンケートができて、近々にお配りしようと思っています。
井田  東京発でそういう形で小児の在宅医療をどのようにして普及させていくかを今始めたところです。
遠藤  どうもありがとうございました。