ライソゾーム病の概念の確立
ライソゾーム病(LSD:Lysosomal Storage Disease)と酵素補充療法の現状とその効果の限界、そして今後の新しい治療について、2017 年2 月、サンディエゴで開催されたライソゾーム病シンポジウムの話題を中心にお話します。
酵素補充療法がわが国で始まって今年でちょうど25 年位です。Christian de Duve 先生らが1955 年にライソゾームを発見し、1974 年にノーベル医学生理学賞を受賞しました。私は1969 年にアメリカへ留学しましたが、1965 年、Terry らは電子顕微鏡によって、テイ- サックス病の神経細胞にタマネギ状の封入体が蓄積していることを発見しました。
1966 年、オランダのH. G. Hers 先生は、ポンペ病でライソゾーム酵素である酸性α- グルコシダーゼ(GAA)が欠損していることを発見しました。この時、ライソゾーム病という概念が初めて確立されました。ライソゾーム病は遺伝病の中でも治療法が最も進歩した領域です。今やライソゾーム病は50 種類位あると言われていますが、その一部には酵素補充療法などが行われています。
酵素補充療法の登場
ライソゾーム病の歴史の中で、先ほどのChristian de Duve 先生の次に偉いのが、Brady 先生です。この先生が酵素補充療法の生みの親です。1965 年にゴーシェ病でグルコセレブロシダーゼという酵素が欠損していることを発見しました。そこで、ヒトの胎盤からその酵素を精製して、1972 ~ 73 年にゴーシェ病の患者さんに投与しました。胎盤から酵素を精製するというのは大変なことです。しかし、成果はなかなか上がりませんでした。その理由がわかりました。ゴーシェ病の欠損酵素は、末端がN アセチルガラクトサミンという糖たんぱくがついているのですが、そのままでは細胞に入っていかず、末端をマンノースにしないと吸収されないことを発見しました。その対策の結果、1967 ~ 68 年頃にゴーシェ病の治療に成功したのです。
ファブリー病の酵素補充療法としては、アガルシダーゼ ベータはDesnick 先生、アガルシダーゼ アルファはNIHにいたBrady 先生、Shiffman 先生が開発しました。
骨髄移植とムコ多糖症Ⅰ型
1981 年も非常に大事な発見がありました。骨髄移植です。骨髄移植は白血病などのがんの患者さんに行われていたのですが、Hobbs 先生がムコ多糖症Ⅰ型に骨髄移植を行い、中枢障害の治療が可能なことがわかり脚光を浴びました。
オートファジーとライソゾーム病
2016 年、大隅先生がノーベル医学生理学賞を受賞しましたが、オートファジー(Autophagy)の病態と最も関係するのは実はライソゾーム病です。オートファジーは、自己のミトコンドリアなどを自分で食べてしまう、細胞内の小さな処理器官です。分解してまた再利用していくという役割を持っています。ライソゾーム内の酵素が足りないと、オートファゴソームとライソゾームが細胞中で蓄積してしまいます。ポンペ病が一番典型です。こうなると、酵素を入れても、とてもじゃないけど細胞に取り込まれなくて、分解することが非常に難しくなります。早期に酵素補充をすると効果があるというのは、オートファゴソームの中に少しでも酵素があれば、たまったものをうまく分解して排出していくからだと思います。
今日のテーマは早期診断、早期治療ですが、ポンペ病にしても、ほかのライソゾーム病にしても、細胞内のオートファジーのメカニズムは非常に大事です。最近はオートファジーを標的とした治療も出てきたようです。
治療法の確立とともに患者数が増加し早期治療の重要性が高まった
ライソゾーム病の治療法が確立されると患者数も徐々にわかってきて増えていきます。治療法がないと、ニーマンピック病は少し増えていますが、クラッベ病とかGM1 ガングリオシドーシスなどは全然変わりません。その意味で、治療法ができるのは大事なことです。啓蒙活動とともに、早期治療が重要です。
ゴーシェ病の治療について
ゴーシェ病の神経症状のある患者さんの治療は難しく、これをどうやって治療するのか、早期診断して新しい治療法をどう持っていくかというのが、今後の重要な課題です。
酵素補充療法としては胎盤から精製した製剤アルグルセラーゼ、1991 年には遺伝子組換え酵素補充療法製剤イミグルセラーゼ、さらにベラグルセラーゼが登場し、さらには基質合成阻害薬エリグルスタットと選択肢が増えています。
治療は、対症療法、骨髄移植、造血幹細胞治移植、酵素補充療法、最近では低分子治療薬アンブロキソロール、経口投与の基質合成阻害薬エリグルスタットなどです。
ライソゾーム病では、いろいろな酵素製剤が開発中です。また、最近では遺伝子治療も再度注目されています。2009 年、イタリアのNaldini 先生がライソゾーム病の遺伝子治療がうまくいくという発表をしました。
新しい酵素製剤による治療について
新しい治療薬は今後どんなものが出てくるのかを説明します。
まず、発現時間がより長時間型の酵素補充療法製剤。ポリエチレングリコールを付けて効果を持続するというものです。現在、ファブリー病で治験中です。
臓器により取り込みやすい酵素製剤の開発もされています。マンノース-6- リン酸を多く含むより吸収効率のよい製剤で、ポンペ病などで治験しています。日本でも今年あたり、治験に入るのではないかと思います。
それから、経口可能な酵素製剤があると便利なので、実験されています。特に、ゴーシェ病で経口治療薬が登場しています。ニンジンの酵素を細胞に包んで入れ込むという方法です。効果は未知数です。
ライソゾーム病では80%以上の方々に何らかの中枢神経障害が出てきますので、その対策が必要です。
経鼻的酵素製剤が開発されています。鼻の粘膜から酵素を入れ込むという研究で、鼻から嗅神経を通すと血液脳関門(BBB)を通らずに脳に移行します。ムコ多糖症Ⅰ型では動物実験でうまくいったので、人間にも応用できる可能性があります。
酵素製剤の髄注は中枢神経系に取り込まれやすくする投与方法です。ムコ多糖Ⅰ型・Ⅱ型、セロイドリポフスチノーシスで行われています。酵素髄注というのは、これからの1 つの方向性でもあります。
もう1 つは、BBB を通過するリセプター抗体結合型というのがあります。酵素を修飾する方法で、インスリン受容体を酵素につけて静注すると酵素が脳内に入るという夢のような方法です。トランスフェリン受容体結合型製剤も今開発中で治験に入りそうです。レクチン結合型というのもあります。
中枢神経系の治療法
いまお話したように、中枢神経に対する治療法はずいぶん出てきました。酵素大量療法、髄液内治療法、脳室内治療、酵素の修飾、低分子治療(シャペロン)、遺伝子治療です。最近は酵素の修飾、受容体を介した治療法がにわかに脚光を浴びています。
骨髄移植の原理を利用して、骨髄幹細胞に遺伝子を十分に発現させることによって効果を上げようというのが骨髄幹細胞治療です。異染性白質ジストロフィー(MLD)、副腎白質ジストロフィー(ALD)で具体的に進んでいます。ムコ多糖症Ⅱ型、クラッベ病もこの方法を使おうとしています。あとは、中枢に移行する経口薬による基質合成阻害療法も検討されています。
遺伝子治療について
いまお話したように、中枢神経に対する治療法はずいぶん出てきました。酵素大量療法、髄液内治療法、脳室内治療、酵素の修飾、低分子治療(シャペロン)、遺伝子治療です。最近は酵素の修飾、受容体を介した治療法がにわかに脚光を浴びています。
骨髄移植の原理を利用して、骨髄幹細胞に遺伝子を十分に発現させることによって効果を上げようというのが骨髄幹細胞治療です。異染性白質ジストロフィー(MLD)、副腎白質ジストロフィー(ALD)で具体的に進んでいます。ムコ多糖症Ⅱ型、クラッベ病もこの方法を使おうとしています。あとは、中枢に移行する経口薬による基質合成阻害療法も検討されています。
新しい遺伝子治療
最近では遺伝性網膜ジストロフィーの遺伝子治療が行われています。RPE65 の欠損症で3 例を6 年間治療して、成果を出しています。目のところに注射するだけです。
もう1 つは、編集遺伝子治療。アルビノに関与する領域近くのZinc fi ngers という編集遺伝子に、ゴーシェ病、ハーラー、ハンター、血友病などの遺伝子を組み込むと、欠損酵素を大量に産生するというものです。酵素を2 週間ごとに投与する必要がなくなります。1 回で終わる。永続的に治療可能で、いろいろな病気が、うまくいけばこれ一発で治りますが、副作用があるかは、まだわかっていません。
アデノ随伴ウイルスベクター(AAV)を頭内に注射するとか、髄注するというのも出ています。そうすると、脳の中に遺伝子が入っていく。結構興味深い治療法です。
一番有名なのは、最近日本で成功した芳香族L-アミノ酸脱炭酸酵素(AADC)欠損症です。ライソゾーム病ではないですけれども、頭に注射して非常に成果があったと、テレビにも出ていました。
レンチウイルスは、脳の変性疾患、MLD、ALD の治療に成果が出始めているので、今後期待できます。ALD の遺伝子治療も日本で何とか進めたいと考えています。
ライソゾーム病はレンチウイルスベクターで18 人が治療して非常にいい成果を上げています。ライソゾーム病だけの遺伝子治療会社が20 ぐらい出てきています。
このような点が今年2 月のサンディエゴのライソゾーム病シンポジウムで発表された新しい治療法です。他にもジェニスタイン、シャペロン治療など新しい治療法がどんどん開発されています。